「一冊の本」1月号 金井美恵子の可笑しさ。

2006-01-04 19:55:39

テーマ:音楽・本・ラジオ

金井美恵子先生の書くものは面白い。金井先生の文章の前には、お茶の水女子大哲学科教授、土屋なんとかという奴の「おもしろ文」なんかゴミだ。

朝日新聞社のPR誌「一冊の本」。

今月号の金井先生の連載タイトルは「目白雑記・2 21 うつうつ日和(ひより)2」。まず、世田谷の忌まわしい一家殺人事件を伝える新聞記事にご意見。手がかりが「新たにわかった」と報道するが、「わかった」の主語が曖昧であると・・。

その通り。

ここを発端に、島田雅彦の文章から「誰も読んでいないような本や誰も見ていない映画に詳しい」の「誰」とは誰のことか?一般に少ない人しか見ていない、の意味だが、この場合「誰」とは島田雅彦自身のことではないか?と丁寧に邪推する。

どうです?このような論理展開こそ「おもしろ文」なのです。どこまでも明晰に切っ先鋭く、やっつけたい相手に斬りつける。俺が学びたい手法だ。

突然「『「ユリイカ』」(そんな雑誌、まだあるんですね)12月号のエッセイに、竹中平蔵と相良直美はそっくりだと書きながら思い出したのだが」なんてネタを繰り出すし・・・。そのあとも、横山ノックそっくりな大学教授、フセインに似ている人の話とか、金井先生がそこで終わらないのは、哲学者フーコーの話題まで展開することだ。

お茶の水女子大哲学科教授土屋!!おまえの週刊朝日の腑抜けた連載に較べて金井先生の書き物がどれほけ密度が高いか研究してみろ!!

さらに、今月の白眉はこんな文章だ。


「<雅子さま>はあなたと一緒に泣いている」(香山リカ)と言う本は「自分を美人だと思うすべての女性に」と、どちらを書店で買うのが「女性にとって恥ずかしいだろうか?」と疑問を呈される。


そして、やおら、筑摩書房のPR誌「ちくま」に話がおよぶ。以下引用します。


『<雅子さま>・・・・・・』の版元で出しているPR誌「ちくま」の「読者カードから」(凄く嫌な感じに利口ぶった本好き読者のユーモアまじりのつもりの手紙が載っていて、毎月楽しみに読む)には、45歳の会社員の「同じ世代として、同じことを考えていたところなので、妙に納得して読んでしまいました。みんな同じ悩みでいるのかと、選択肢がふえて、自由になった時代の、逆に辛さを考えました」


引用終わり。


原文には、金井先生の気に障った表現に、激しく傍点が振られている。


先生のご指摘箇所は以下の通り。


>妙に納得して読んでしまいました。

>選択肢が増えて、自由になった時代の、逆に辛さを考えました。


どうです?辛辣でしょう?こんな表現はついしてしまいますね。「妙に納得」したり、「逆に」辛さを考えたり。アンタッチャブルの山崎のような口調です。


金井先生の悪態のつきかたは勉強になる。気持ちのいい悪態というのはある。歌舞伎で「助六」が髭の意休に喧嘩をふっかける啖呵を切る場面。弱い立場の者が居直って強い者が言い返せないような言葉を吐くことでスカッとするのだ。権力者が悪態をついても不快なだけ。落語の「大工調べ」にも、威勢のいい啖呵がある。大岡裁きの物語だが、眼目は大工の熊さんが江戸言葉で啖呵を言い立てるところ。ぽんぽんとしゃべる口調がこの落語の醍醐味だ。


「一冊の本」は読みでがある。

一月号をざっと見ても、魚住昭と佐藤優の対談連載を柱に「特集 佐藤優の世界」、宮沢章夫「文学でいく『機械』」、小倉千加子、芝山幹郎、中場利一、金井美恵子、鹿島茂、橋本治まで、俺の信頼する作家、学者、物書きがこんなに名を連ねている。これだけ読むところのある小冊子は少ない。

「ちくま」「波」「一冊の本」「本の話」の最新号を束ねて風呂でゆっくり読みのが俺の楽しみだ。せっかちなので、何か読むものがないと風呂でじっとしていられない。


ただ一つ、今月号の巻頭に、左巻き、本田勝一が頭の悪い文書を書いていて苛立つ。項を改めていちゃもんをつけてやる。

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渡辺淳一は馬鹿だ!!芥川賞の癌、石原慎太郎、宮本輝!!

2005-12-30 21:32:52

テーマ:音楽・本・ラジオ

「コラムの花道 ・最も毒舌で賞」豊崎社長 。爆笑。痛快です。

芥川賞、直木賞のダメさを語って面白い。選考委員の渡辺淳一、宮本輝、石原慎太郎を馬鹿呼ばわり!

すごいよ。

これは聞かないと損をする。文学賞の本音をバシバシ語っている。絶対ダウンロードして聞いてください。

「水道橋博士選・最も毒舌で賞・コラムの花道7月15日」

大森 望, 豊崎 由美
文学賞メッタ斬り!

豊崎社長は、渡辺淳一のことを「キモ爺」と呼んでいる。「淳ちゃんは、馬鹿だからあ、読めないんですよ」とか。

芥川賞の癌、石原慎太郎、宮本輝。「慎ちゃん輝ちゃんは新しい物が一切読めない!!前衛が一つもわからない」「宮本輝は元来読み物作家だから実験的な作品や芸術が理解できない。芥川賞の選考委員なんかになるべきではない」。

この斬りっぷりが実に面白い。お歳暮代わりにご紹介。

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「はじめての部落差別」ペルー人容疑者は、なぜ「自称日系人」なのか?

2005-12-01 16:02:33

テーマ:音楽・本・ラジオ

広島の殺人事件の容疑者。なぜ「自称日系人」と記事に書いてあるのか。おそらく、ペルーでは、容疑者が日系人であるかどうか確認する術がないのだ。世界の常識ではそうなのだ。日本人だけが、「戸籍を調べればすぐわかるのに」と感じる。思わぬところから部落差別につながった。
世界の国家の中で、日本のような「戸籍」制度があるのは極めて珍しいそうだ。中国や、日本が殖民地にした台湾や韓国には日本の影響で似た制度があるのみ。「日本人をやめる方法」で、オーストラリアの大学で教鞭を執る杉本良夫氏が書いている。「はじめての部落問題」の中で紹介されているので読んだ。
杉本 良夫
日本人をやめる方法

部落差別が激しく表出してくる例として、結婚、就職差別がある。興信所の身元調査は、戸籍をたどっていくことで、「部落」出身jかどうかを突き止める。法律では禁止されている身元調査も、様々な違法行為や抜け穴を使って執拗に調べ上げられる。


身も知らない130年以上も前の自分の先祖が「穢多」という身分であったことが、今、目の前の恋愛や就職に影響する。そんなことがよく起こり、そのような事実があることを俺たちも普通に知っている。


そもそも「戸籍」があるから、そのような差別は残され増幅される。「戸籍制度」そのものを疑ったことがなかったので、この記述には驚いた。

角岡 伸彦
はじめての部落問題

被差別部落出身者は300万人ほどいるそうだ。おそらく俺が日常で付き合っている人たちの中にも出身者はいるだろう。俺にはそのことを話してくれた知人がいない。俺は差別する人間だと思われているようですこし残念だ。


職業から認識している場合もある。食肉業や皮革加工の産業だ。その職業がなくては、おいしい肉も味わえなければ、ぴかぴかの靴や鞄を持つことが出来ない。


住む地域から知っていることがある。それぞれの地域では明確に「部落」の場所を認識している。


他国の黒人差別をあげつらうのもいいが、日本に厳然とある「部落差別」について関心がある。あまりに大メディアでは無視されているからだ。好奇心、知識欲だ。これはいくら新聞やテレビを見ていても何もわからない。


学校で取り上げるとしても、悲惨な差別の実例が出され「差別はやめよう」と言うだけ。そんなこと、知らなければ「部落」なんて意識しなかったのに、という「寝た子を起こすな論」に陥ってしまう。


この本には、部落差別と差別をなくす教育にまつわる様々な話が、著者自身の等身大で書かれている。1963年生まれの著者は「生粋の部落民」。大学で学生たちに部落問題を教える。第二回目の授業では、部落独特の食べ物「油かす」と「さいぼし」を学生に振る舞う。部落問題の「悲惨」「苦しみ」ばかり教えず、部落民の伝統や楽しみをどんどん伝えていこうというわけだ。


「戸籍」が世界の常識とはかけ離れた制度だ、ということを知るだけで収穫となる好著。この本で取り上げられている麻生太郎。麻生太郎がとんでもない差別思想を持っていることは、つい最近も「日本人は単一民族国家」と言い放ったことでもよくわかる。


麻生太郎は「あんな部落出身者を日本の首相にはできないわなあ」と野中広務に言って恥じない人物だ。野中広務は総理にふさわしくない、と俺も思うが、部落出身者だから、とは一度も思ったことはない。麻生太郎の発言は、よく記憶しておきたい。


この著者の考えに大いに賛同する。同様な視点からの「おもしろ本」「被差別の食卓」三たび おすすめ。


上原 善広
被差別の食卓

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「誇大自己症候群」 岡田尊司 著 ちくま新書 555

2005-11-03 22:08:52

テーマ:音楽・本・ラジオ

まったく従来の精神病理学では理解できない事件が起きている。

病理の上では何ら問題のない小学生が同級生を些細なことで殺す。しかも起こした事件の結果の重大さに較べ、罪の意識があまりに薄い。

事件を起こす心理は明らかに異常であるのにもかかわらず、現代の精神医学、心理学はこの異常を語る言葉を持たない。
誇大  「誇大自己症候群」

これらの状態に共通する症状を「誇大自己症候群」と名付け、考察した本。著者は京都医療少年院に勤務し、数多くの若年者の犯罪とカウンセリングに当たってきた。

折しも、ブログに自分の母親にタリウムを飲ませ、その衰弱する様子を記録する少女の事件が伝えられている。写真も撮っていたという。この薄気味悪さはどうだろう。

誇大な自我が自己の興味を満たすために、日頃、心の交流を持たない人間に毒を与え続け冷静に記録し続ける。それが母親であるということに意味はない。近くにいて、自分の思うままになる人間であれば兄弟でも父親でも良かったのだ。利害や交流のある人間はこの範囲に入らない。

現代の人間のあるタイプを明瞭に記述している。大人でも同じことだ。自我を無制限に肥大させ続けることの出来る社会。突如として起こる理解を超えた事件。ますます増えていくことだろう。

恐ろしい。

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日本人の大部分はなぜ銃を持たないのか?

2005-09-15 18:00:08

テーマ:音楽・本・ラジオ

ヤクザは普通に銃、持ってるからね(w


藤木久志 著 「刀狩り -武器を封印した民衆-」 岩波新書 965 2005年8月19日刊


ハリケーン・カトリーナで、略奪が起こり、銃のことを考えた。秀吉の刀狩りが日本の庶民の武装解除だろうか?本屋で目に入ったこの本を読んだ。


■疑問の答え


■第二次世界大戦終了後(日本の敗戦後)、アメリカの占領下、徹底した武装解除が行われたから。


秀吉の刀狩り、明治政府の廃刀令より断固として行われた。負けた国の占領政策じゃん。どこが平和を愛する国民性、だよ。嘘ばっか。


黒澤明の「七人の侍」にあるような非力で善良な庶民像はお伽噺に過ぎない。刀狩の50年後に起きた農民一揆でも、大量の鉄砲、刀、槍などが押収された。しかも事後、領主はそれを農民に返したりしている。


江戸時代にも、日本を訪れた宣教師ルイス・フロイスの見聞に、日本の男は刀を大切にして、農民も少年のうちから刀を携える、と記しているそうだ。


幕末にも、農民が剣術の稽古をすることが盛んで、テレビの「新撰組」を見ても、普通にみんな刀持ってたよね?(急に格調が下がる・・・・)。坂本竜馬だってピストル持ってたし。


明治維新政府が出した「廃刀令」や「鉄砲取り締規則」という法律もあった。でも、戦前まで、何処の家にだって刀の一本や二本はあったのではないか?俺の親戚の家にも刀があった。戦時下、鉄の「供出」で持っていかれた、と聞いている。事実は、戦後のマッカーサーの指示のもと「接収」されたのが本当のところだろう。


この本には、秀吉の刀狩りから、明治期の廃刀令、マッカーサーの接収まで、資料をもとに経緯がわかりやすく解説されている。


俺が知りたかった、日本人の大部分が今でも普通に銃を持っていない経緯はよく分かった。秀吉や明治のことはどうでもいい。60年前のアメリカによる武装解除が現在に続いていることを知って満足だ。


ここまではいい。最後まで読み進んで、目を疑った。やっぱり岩波書店。この学者は「アカ」だ。


著者はこう言う。


「私たちはこれだけ大量の武器の使用を自ら抑止し凍結しつづけて、今日にいたったわけである。その現実の中に、武器を長く封印しつづけてきた私たちの、平和の歴史への強い共同意志(市民のコンセンサス)がこめられている。そう断定したら、いい過ぎであろうか。」


ハア??


さらに続く。


「少なくとも国内で、私たちが武器を封印しつづけてきたのは、銃刀法の圧力などではなく、私たちの主体的な共同意志であった。そのことをもっと積極的に認めてもいいのではないか。素肌の弱腰を秀吉(歴史)のせいにしないで、自前の憲法九条へのコンセンサスにも、もっと自身をもつべきではないか。」


これが結論だぜ!ふざけてるでしょう。


ヤクザは市民じゃないしな!オウムだって武装蜂起しようとしたんだぞ!銃刀法で取り締まらなかったら、お前なんか真っ先に「アカ狩り」に逢うんだぞ。戦前のテロの時代に逆戻りだ。いまだって右翼は拳銃ぐらいいくらでも持っている。常識だ。長崎市長を撃った市民もいましたよ。


タイトルで気付くべきだった。「武器を封印した民衆」。民衆偉い!民衆万歳!

アホか。


民衆は、アメリカのミリタリ・ポリスが怖くて、大量の刀や銃を出さざるを得なかった、って自分で書いてるじゃん。占領されて、占領軍は反乱を起こされたら困るから、民衆を脅しあげて、秀吉も明治政府もできなかったほど、徹底した武装解除=刀狩りを実行したんでしょ?どういう文言で民衆を脅したか、資料をあげて書いてるでしょ、あんた。占領軍が家を強制捜索に来る、もし銃や刀が発見されたら、軍事裁判で厳重な処罰を受ける、とか、優しい文面で脅迫した、と書いたのはお前だよ。それで、この結論か。


なにが、強い共同意志(市民のコンセンサス)だよ。植民地根性だな、お前。馬鹿左翼ここに極まれり。


曇って偏った目には、資料によって明白な事象も、思想信条で曲げて見てしまう悪い見本だ。180度、結論が違う。ここまで見え見えだと、だれも鵜呑みにするはずがないから、かえって安全だ、とも言えるな(w


アメリカとの戦争に負けて、占領され、武装解除されたのを、民衆の手柄だと言っているわけだ。それでも学者なのか。こんな馬鹿みたいな結論を書いて良心は痛まないのか。しかも引用部分の腰の引けた文章。卑屈だ。


赤い表紙の「刀狩り」の文字を見ていたら、「アカ狩り」と見えてくるから不思議だ。この学者は、はっきり「アカ」ですよ。


結論以外は一応参考になった。

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ニュー・オーリンズのソウル・フード 「被差別の食卓」再び

2005-09-15 11:13:23

テーマ:音楽・本・ラジオ

「被差別の食卓」 はぜひ読んでもらいたい好著だ。「被差別」の文字におびえる必要はない。食い物についての楽しい読み物だ。おいしいものが食べたい人、食べ物の蘊蓄が好きな人にはおすすめ。

この本で取り上げられているニュー・オーリンズの話を読みたくて再び手に取った。町の様子や黒人差別の話が出てくる。

印象に残るエピソードを一つだけ紹介する。

ニュー・オーリンズのバーボン・ストリート。サザン・ホスピタリティを絵に書いたように愛想のいい店員。お客さんに「ハロー!」と声をかける。著者がレジの順番になって、その店員の前に立つと、その白人は「何も言わず、一切を無視した。そこでこちらから『ハロー』と言うが、無視。」「わたしを完全に除外、次の客には『ハロー』と声をかけている。」

このようなことを平然と行うのが人間だ。日本でも、朝鮮人、支那人、被差別部落民に同じことをしてきただろう。

俺もここまでひどくないが同じ経験をした。アメリカのある地方都市。朝早くモーテルを出て地方空港に向かう。タクシーを待つ間隣り合った白人の男に「Good morning」と話しかけたら、一切を無視された。実に不愉快だった。でも、その経験は印象に残った。自分が差別される側に立つ経験はいままで無かったからだ。

多数派、主流、マジョリティ。常にそちら側にいようとして他人の顔色ばかりうかがっているのが日本人だ。自分の意見はなるべく言わず、みんながどうするのか、が一番大事。断言を避け、好き嫌いを露わにせず、曖昧に探り合う。少数派にはなりたくない。「バスに乗り遅れるな」。「一億総懺悔」。

狭い島国で摩擦を起こさずに生き延びる大事な智恵であったかも知れない。しかし、他の価値観、民族、文化、言語が入ってきたとき、その「同化圧力」は突然、強烈な「排他性」を生む。少数派、傍流、マイノリティを無視し、排除する。

差別はアメリカ人の問題ではない。人間の心の奥底の病理だ。

「被差別の食卓」は、卑近なおいしい食べ物を入り口に、やはり差別の問題を考えて欲しいと言う願いで書かれているに違いない。そのメッセージまで含めて、この本をぜひ読んで欲しい。

世界に胃袋が開いている人におすすめの一冊!!!!
上原 善広 著 「被差別の食卓」 6月30日 新刊 新潮新書 123 680円

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「失踪日記」 全部実話です(笑) 吾妻ひでお 著

2005-09-12 23:55:57
テーマ:音楽・本・ラジオ

吾妻氏は、現代に連なる「萌えキャラ」を作り出した天才漫画家だと思っている。「失踪日記」にも、愛らしい女の子のキャラクターを自在に描いている。その線の美しさ。どう見ても少ない線で構成されているのだが、エロティックで、可愛いらしい女の子が出現する。妄想力に加え、その妄想を誰からも愛される絵として表現する熟練の技がある。

それなのに、「失踪日記」である。突如、ホームレスと同じ暮らしを初め、凍え死にしそうになってもその暮らしを続ける。そのありさまを、からりとした筆致で描く。悲惨だが惨めさを感じさせない。漫画として最高に面白い。声をあげて笑ってしまう。これはすごい!!

巻末の対談で、とり・みき氏が指摘している。この作品は、吾妻氏が味わった経験が強烈で、読者はそのすさまじさに圧倒される。しかし、なによりも漫画として優れた作品だということを強調したい。

漫画に求められるものはないか?

面白さ。笑える面白さは大事だ。ストーリーの面白さ。物語として優れていることも大事だ。

絵の美しさ。可愛らしさ。楽しさ。表現の巧みさ。絵のうまさ。表現の正確さ。絵自体の面白さ。新しさ。

構成の巧みさ。語り口の巧みさ。

あまり漫画に詳しくないので思いつくままを並べてみた。

吾妻ひでお氏と言えば「やけくそ天使」だ。その昔、少年チャンピオンを楽しみに読んだ。「ガキデカ」「ブラック・ジャック」「マカロニほうれん荘」「ドカベン」「エコエコアザラク」「らんぼう」など綺羅星の如き連載が並び、そのなかのひとつに吾妻氏の作品もあった。

「ハレンチ学園」も受け入れられた後の時代。愛らしい天使のキャラクタが奔放な振る舞いをする。その刺激は子供の俺には強烈だった。

その吾妻ひでお先生である。

「失踪日記」は、ホームレスの毎日を詳しく書いている「夜を歩く」、なぜか配管工になって給料をもらって肉体労働をする話と、漫画の仕事のことを描く「街を歩く」、文字通りの「アル中病棟」の項目に分かれている。

どの話にも吾妻氏の驚くべき経験が、可愛い描線、正確な描写、楽しげな語り口で表現されている。内容は痛々しいが、珠玉の漫画作品集と言っていい。

つげ義春氏の「無能の人」、花輪和一氏の「刑務所の中」などに連なる、私小説漫画の傑作だ。

もっと読みたい。

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のだめカンタービレ、爆読中♪♪

2005-07-04 22:31:04

テーマ:音楽・本・ラジオ

旅先に全巻持ち込み、読破中。

これは面白い。

いま九巻読み終わり。

ところで15歳が酒飲んで車を運転して人を殺した。少年であろうとも車で人を殺したら死刑、と決めてあれば抑止できただろうに。

車で人を殺すことが軽すぎるのだ。日常化していて少年が殺したことしかニュースにならない。

その事の異常さを思え!!!!

この文をを読んだら、事故をおこすな!!人を殺したら死ね!!!!車を使うならそこまで覚悟しろ!!

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「ラスプーチンかく語りき」 PR誌「一冊の本」の新連載

2005-06-29 23:04:36
テーマ:音楽・本・ラジオ
「国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社)の著者、佐藤優の対談記事だ。

これがまた面白い。必読。とにかく読め!!!!!

さっそく風呂で読んで、大満足。

朝日新聞社のPR誌「一冊の本」7月号。
↑ 更新していませんね。6月号のままです。そのうち7月号になります。

酒井順子の「政界美人」も面白い。畑恵なんて中程度の容貌、とか書いていて痛快ですよ。

金井美恵子氏は「電車内での化粧」。

このタイトルでうんざりしている人は金井美恵子先生を知らない人だ。金井美恵子先生は、谷崎潤一郎を引き、幸田文を引き、「なぜ電車内でのメークが『迷惑』なのか理解に苦しむところで、・・」と論を展開される。必読。化粧の本質にまでせまる身辺雑記は男では絶対書けない。映画の話題も入っている。

奇跡のように「一冊の本」は、俺にとって最強のラインナップになっております。

これで、1年間1,000円は安い。ぜひ、購読してください。

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「被差別の食卓」 上原善広 新潮新書123

2005-07-17 00:14:30

テーマ:食い物

俺はブラジルのフェジョアーダが好きだ。小豆っぽい黒豆を肉とともに煮込んだ料理だ。ご飯にマンジョカの粉を添えて食べる。緑色の菜っ葉のいためたものも欠かせない。ブラジリアン・レストランには必ずある。

上原 善広
被差別の食卓
バブル期に、ローズト・ビーフ食べ放題、というふれこみでシュラスコの店があちこちに出来た。ブラジル・スタイルの肉の食べ方だ。大きな串(剣ですね)に、巨大な肉塊を刺し、火の上で回転させてあぶる。あぶった肉塊を、剣ごとテーブルに持ってきて、(店によってはテーブルに剣を突き刺し)目の前で肉を削り取って皿に盛りつける。何度でもお変わりが出来る。バブル期日本の食事にはうってつけの豪快さだ。その頃、フェジョアーダの味を覚えた。

いまや、ブラジルの国民食も、もともとはブラジルに送られた黒人奴隷の食べ物だった。農場主は家畜のいいところをローストして食べる。奴隷たちは、捨てる内臓、耳やしっぽ、足、鼻などと豆を煮込んで食べる。それがフェジョアーダだ。

アメリカのソウル・フード。黒人奴隷が貧しさの中から生み出した料理。豚の内臓料理もそうだが、フライド・チキンがソウル・フードの代表だ。ケンタッキー・フライド・チキンと、ソウル・フードのフライド・チキンとは、どのように違うのか、この本を読んで欲しい。読み始めたら面白くてやめられなくなりますから。

この本は面白い。2時間ほどで読み通してしまった。差別がどうのこうのという話ではない。世界中の差別を受けた人々がどのような食生活を送って来たのか、興味深く書かれた本です。アメリカの黒人、ブラジルの黒人、ブルガリア、イラクのロマ(ジプシー)、ネパールの不可触民、日本の被差別部落「むら」が取り上げられている。

大阪の被差別部落出身の著者が、「むら」独特の食文化に気がついたことからこの本は生まれた。ネパールのアンタッチャブル(不可触民)は、牛肉を食べることで激しい差別を受ける。同じ差別は日本にもあり、ネパール同様、日本の被差別部落にも、おいしく牛や馬の肉、臓物を食べる文化がある。

ネパールのカースト最下層の家で、すき焼きを食べ、地元の調理法で肉を食べる著者の姿はすがすがしい。理不尽な差別は人間の本性なので、決してなくならないと思うが、せめて日本にも「極東カースト問題」と欧米から言われる、むごい差別が厳然としてあることを強く認識したい。

ニュー・オーリンズで、ポー・ボウイ食いたいなあ!ナマズフライ食いたいなあ!ガンボも食いたいなあ!ハイカラなクレオールやケイジャンではなくて、本物の「ソウル・フード」フライド・チキンが食べてみたい。

世界に胃袋が開いている人におすすめの一冊!!!!
上原 善広 著 「被差別の食卓」 6月30日 新刊 新潮新書 123 680円

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