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今週の、のだめ♪多賀谷さん、声楽科(うたか)の子だわ。

あいう子いるね~。着てるもの、顔立ち、髪型、体格、性格。すべて完璧にうた科の子だわ。

声楽は自分自身が楽器というか身体で勝負だ。こんなにすごい種目(?)はない。これにかなうのは天皇の前でも、ふんどし一丁(限りなく裸に近い)でいられるおすもうさんぐらいだ。

声 楽では身体そのものが重要なので、うた科の女子はちょっと色っぽい。(そんな理屈あるか????)ピアノ科にあんな感じの子はいない(・・・ような気がす る)。まぶしいような女王様は声楽科かヴァイオリン弾きにいる(・・・ような気がする)。ピアノ科は意外にも(?)のだめっぽいのが標準だったりして。男 子は千秋みたいのいるよね。

ま、勝手な思いこみだけで書いています。読み飛ばしてください。

多賀谷さんの壊れっぷりも実にうた科の子。あんなこと言われたらあのくらいグレたくなるよな。ああいうディテイルがとても面白かった。

俺の嫌いなもの。下手なソプラノ。女のフルート奏者。偏見です。特に女のフルート奏者のどこが悪い、と思うだろうが、いやなのだ。

バッハの無伴奏フルート・ソナタを悶々と演奏する女を見たことがあるか?黒でも赤でも緑でも、とにかくてれんとしたドレスを着て舞台の上でくねくねフルートを吹く姿が見ていられない。見ていて、うるさい。

フルートの音そのものもそんなに好きではない。高音域がいやなのかと言うとそうではない。ヴァイオリンは好きだ。(うまいヴァイオリンに限りですが・・・)。男のフルートでも品のいいうるさくないフルートがいいなあ。

以上、思いこみと偏見です。

女性の声も低い声が好き。アルトの声にしびれる。バッハのパッションでもアルトのアリアが好き。バッハはいつもアルトにとっておきのソロを書く。

あともうひとつ。

の だめのキャラ設定の中に「楽譜は読めないが、聞いた音は記憶してすぐ弾ける」というのがある。俺はこの設定が気にくわない。鈴木メッソード(英才教育)崩 れの楽器演奏者によくそういう人がいるんだ。楽譜が読めない。お手本を弾いてあげないと演奏できない。それは大きな欠陥ではないか。音楽家としては歪んだ 教育を受けてしまった、と言わざるを得ない。

美空ひばりがそうだったと言われる。だから、楽譜が読めることより、本当の音楽がわかること が重要だ、というような俗流音楽教育論がバックに流れているような気がして気にくわない。音楽、特にクラシックの分野では正統的な音楽教育を受けることが 重要だ。楽譜を読む力は欠かせない。読めなくても弾ける、なんて言うのは一種の「都市伝説」だ。

まあ、そこまでのだめにのめり込むこともないんですが。。ひとこと言っておきたかった。

思いこみと偏見で書き飛ばしています。読み飛ばしてください(笑

こんな駄文をここまで読んでくださった方々に感謝します。

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血液型性格判定を信じている奴は馬鹿だ!!

俺の好きなTBSアナウンサー、小島慶子が「血液型と性格は関係ないんですぅ」と何度も久米宏をたしなめる。さすがに小島慶子だ。初代「アクセス」のパーソナリティ、ギャラクシー賞受賞のアナウンサーだけのことはある。911事件の第一報はこの人の声で聞いた。

TBSラジオ土曜午後一時から久米宏がラジオ番組を始めた。タイトルは「久米宏のラジオなんですけど」。おぎやはぎがラジオで、彼らのつかみ台詞「おぎやはぎなんですけど何か?」のパクリだ、と言っていたが、おぎやはぎを見聞きする客層と久米宏のラジオを聞く層はおそらく異なっている。第一おぎやはぎの口調は2ちゃんのパクリだもんな(w

血液型で人の性格を決めつける。愚劣な差別だ。俺はこのような占いもどきが大嫌いだ。中でもエセ科学風な「血液型性格判断」ほどくだらないものはないと確信している。

久米宏の執拗な「A型だから・・」とか「B型はどうのこうの・・・」という言い草を、いちいち冒頭の口調で全否定してみせる。こんなマネが小島慶子以外に誰ができるだろうか?

今後も小島慶子さんを応援したい。

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「ブラック・ダリア」を見に行った。

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久々に美貌の女子(師匠・写真参照)と映画を見に行った。スカーレット・ヨハンソンを見るためだ。師匠も俺もスカーレットがお気に入り。

映画はブライアン・デ・パルマ様式。終わり近くにあの名作「キャリー」同様の手法が見られてぎょっとした(笑)

俺はエルロイの小説が好きだ。ホプキンスものと呼ばれる警官小説が好きだが、「ホワイト・ジャズ」「LAコンフィデンシャル」「ブラックダリア」などのLAものも好きだ。

エルロイの文体は重く暗い。錯綜する出来事に流されつつ懸命に踏みとどまる主人公の一人称独白体が印象に残る。起こる事件はどこにも救いがなく、登場人物すべてが嫌な奴だ。現実世界の醜さに苛立ち自分自身の傲慢さに嫌気がさし、疲れ果てている者にとって、このような汚らしい人間しか出てこない小説は慰撫となる。やかましい説教を聞かされなくてすむからだ。

映画「ブラック・ダリア」もエルロイの文体そのままに重苦しい。デ・パルマのショッカー・ホラー描写が凄惨さを加える。何度も戦慄した。

「シン・シティ」のショシュ・ハートネットが美しい。俺がうっかり、スカーレットもあまりぱっとしないし、出てくるのはみんな嫌な奴だし、花がない映画だな、と口を滑らせたところ連れの女子は美しい眉をキッと上げ「ジョシュが花でしょ!」と一喝した。格好いい!師匠!!ジョシュ・ハートネットはいいです(心から・・)。

ヒラリー・スワンク演じる悪徳宅地造成成金の娘が最高に(?)嫌な女だ。ヒラリー・スワンクがあまりにうまいので、映画を見ているとヒラリーをどうしても殺したくなる。期待に応えてくれるかどうか、映画を見て確かめて欲しい。

スカーレットは正直柄にあっていない。可愛らしさがあまり出てこない。俺が好きなのは「アイランド」のカマトト・スカーレット。あれは可愛い。「ロスト・トランスレイション」の不安げなスカーレットもいい。この作品では過去のある重苦しい役(エルロイの登場人物全員がそのような役柄なのだが・・・)。背伸びしているようで痛々しい。

もっと痛々しいのは、現在、この映画の相手役ジョシュ・ハートネットとつき合っていると言うことだ。師匠によると「お似合いじゃない?」とのことだが、俺には、なんだかなあ、と感じる。スカーレットが偉くなりすぎている。貫禄つきすぎ。もっと消え入りそうで儚げなところが良かったのになあ。。。。。なんて言ってみても仕方のないこと。

「ブラック・ダリア」事件の本物の現場写真もネットすぐ見られる。俺が最初にこの事件に関連する写真を見て思ったのは殺された女が美しいこと。映画でも殺される女が出てくる最初の場面でハッとする。徐々にその女の人となりが明らかになるのだが、悲しい女だ。無惨に殺されるその女に感情移入はできないが。

厚みのある物語が映画を見る満足感を与えてくれた。俺にとって美貌の女子と見る映画はどんな作品であれ最高のひとときだ。(嫌味な締めで失礼。露悪趣味のエルロイに影響されたようだ。)

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のだめ。今週はピアニカ!うまくてしびれたぜ!!

「鍵盤ハーモニカ」。

小学校の低学年でやるつまらない教育おもちゃと思っていないだろうか?嫌味なクラシック・オタクはそう信じているに違いない。(妙に挑発的ですね・・・喧嘩blogですから・・笑)実は俺も今年の三月末までそう信じていた。四月以降、この楽器に関して認識を改めた。素晴らしい楽器、鍵盤ハーモニカ!!俺、吹けるよ。

ハーモニカと同じ仕組みのリードが付いていて呼気で音をコントロールする。ヴィブラートもかけられるし、さっきのだめが演奏して見せたように、グリッサンドだってできる。演奏者が優れた技術と音楽能力をもっていれば、ブルースだってかっこよく吹ける。

ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」の冒頭はクラリネットのグリッサンドを含むソロから始まる。クラシックの分野ではクラリネットのグリッサンドはほとんど用いられない。ガーシュウィンの楽器用法は革新的なものだ。曲想も「ジャズ」を取り入れて(小うるさいジャズ・オヤジは、あれはジャズではないとか言う。どうでもいいや)ポピュラーとクラシックのコラボレイションのような曲だ。ピアノとオーケストラで演奏する、ある意味ピアノコンチェルトのような曲でもある。楽式から見るとなかなか興味深い曲だなあ、そういえば。。

それはともかく、この曲を「鍵盤ハーモニカ」=ピアニカで始めるとは慧眼だ。Sオケ、やるなー。聞いてわかるとおり、鍵盤ハーモニカの音はこの曲にぴったりマッチする。ジャズ・ハーモニカのテイストだ。コミックではわからない「のだめ」の実現の収穫だ。

もう一つ。

ラフマニノフを弾きながら千秋さまがつぶやいた一言。「つまらない。もう終わってしまう。もっともっとこうしていたいのに」。この言葉は俺の胸にズキンと届いた。幸せな音楽の時間もいつか終わる。胸がいっぱいになり涙が溢れた。(このドラマに関して特に涙もろい俺です。)

このまま時間が止まったらどんなにいいだろう、と思ったことはないだろうか。俺にはある。

幸せで喜びでいっぱいな瞬間。急に切なくなる。この幸福な時はいずれ終わるのだ。この瞬間は二度と訪れない。これは人生のアナロジーでもある。人の一生もいずれ終わるときが来る。音楽の美しさ切なさは、人間の一生の美しさと切なさに匹敵する。

音楽の喜びの中には常にその悲しさが含まれている。良い演奏ならなおさらだ。今この瞬間この場所で音楽が実現している。そう感じる瞬間ほど幸せな時はない。千秋の嘆きは俺の嘆きでもある。

そして、最後。

のだめが「ピ・・ピ・・ピアノ弾かなくちゃ~~~!!!!!」と叫ぶ。いいねえ。人生にはそういう瞬間があるねえ。駆り立てられそうしなくてはいられない、そんな課題を見つける幸福。のだめ、ピアノ、さらえよ!楽譜読めるようになれよ!!いましかできないんだぞ!!!

今週も淡々としつつも地味に感動のテレビ版「のだめ」であった。

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のだめ、いいわ~♪ のだめのピアノはうまい!!!

Sオケがうまくいかず悩んでいる千秋さまに弾いて聞かせるのだめのピアノ。俺はあの演奏を聞いて胸がいっぱいになった。そしてSオケの恥ずかしいパフォーマンスに涙でいっぱいののだめと同じ気持ちで演奏を見守った。

すごいぜ、のだめ!!のだめ、ブラボーーーー!!

のだめのピアノはうまかった。

Beethovenの七番には古臭いとも言える長大な序奏部がついている。交響曲五番六番で序奏なしの「いきなり主題形式」を確立したBeethovenが改めて挑む古典形式の祝祭だ。分散和音とスケールで構成された展開は次ぎに始まる軽快な八分の六拍子のソナタ形式の主部をまったく予想させない。Beethovenの凄さは「木に竹を接ぐ巧妙さ」と教えてくれた人がいる。この曲もそれだ。

堂々たるトゥッティの進行がいつの間にか、細いフルートの響きに収斂していく。同じ音程、同じリズムのエコーがあって、魔法のように八分の六拍子、E-dur(ホ長調)の世界に入っていく。一瞬のクレッシェンド、スフォルツァンドの直後、スビト・ピアノでフルートが第一主題を歌い出す。ここが、まさにBeethovenの「木に竹を接ぐ巧妙さ」だ。

メルヘンのようなフルート・ソロに低弦セクション・ユニゾンでエコーが入る。スフォルツァンドでことさら強いアクセントをつけて。エコーの方がより強調されているところにBeethovenの特異さが際立つ。その箇所に「いかづち!!」と、のだめは歌詞を付ける。ブラボー、のだめ!!そうだよ、いかづちだよ。俺は感心した。

のだめのピアノは序奏部から主部にはいるところの呼吸が素晴らしいと思った。スビト・ピアノの表現がオケでやるとなかなかあそこまでうまくいかない。ピアノは一人でできる分、音楽の隅々まできちんとコントロールができる。ピアニスト出身の指揮者は(エッシェンバッハとかアシュケナージとか・・・)とかくそのような部分に神経質になりすぎておおらかさが出てこないことがある。千秋様もいまのところ、ピアニスト出身の典型だ。

のだめが「いかづち!」と歌詞を付けたように低音セクションがいきなり語り出す瞬間がBeethovenの作品によく出てくる。俺は、あのような箇所を、Beethoven自身の「声」だと思っている。「英雄」で冒頭の和音連打のあと突如歌い出すのは誰??第五番の2楽章の始めに歌うのは誰?「田園」の五楽章で感極まってユニゾンで歌い出すチェロは誰の声?第九ではついに歌詞を付けて自分で歌うかわりに歌手に演説をさせている。

その声は、怒鳴り声だったり、朗々とした演説だったり、優しい慰めだったり・・・。やることが常に過剰で、徹底的で実にBeethovenらしい。

こたつの考察は最高だった。千秋さまの部屋があっというまに「のだめ化」していくリアリティ!爆笑だ。

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「かもめ食堂」 日本のソウル・フード、おむすび。

登場人物の話し言葉がいい。物腰も端正。親しくなってもなれなれしくなく気持ちいい。テレビでも映画でも、10代、20代の汚らしい言葉遣いがあふれている。この作品の登場人物たちの言葉は美しい。片桐はいり演じるみどりさんが、さちえさんのお宅に招かれ、「お風呂、お先にいただきました」、なんてきちんと言える若い奴がどのくらいいるだろうか。

なれなれしくしすぎず、節度をもった付き合い。これは大人の態度だ。喫茶店や食べ物屋でも、常連となれなれしくしている店は不愉快だ。客も嫌だし店主も嫌だ。この「かもめ食堂」なら安心だ。ちょっとおしゃべりしたいときは乗ってきてくれそうだし、一人でいたいときは放っておいてくれる。

日本から遠く離れて、日本の美しさを思う。ヘルシンキのシンプルで美しい家具や食器。透き通った空気の中でくっきりと映える。その中にあって、日本の器の見事さ。料理を盛りつけて並べた食卓の美しさ。その味わいも日本人なら誰でも知っている暖かさがある。

北欧には冷たく閉ざされた孤独もある。福祉の行き届いた北欧で、キッチンドリンカーが問題となる。男のアルコール依存も社会問題だ。人口密度も低く、白夜のなか孤立感はいっそう深まる。

小林聡美は大林宣彦の「同級生」いらいファンだ。いつもチャーミングな演技で魅了される。年齢を重ねても可愛らしさは変わらない。この作品では気張らず、でも明確な目標をもった自立した女性を柔らかく演じる。俺は、この映画を見て合気道を習いたくなった。俺の師匠が合気道をやっている。きりっとした賢い女には合気道が似合う。
Br_s
いま日本から一番遠い国。イスラム社会も遠いと感じるが、北欧も遠いなあ。俺は昔スウェーデンの企業に勤めていた。会社の地下の売店にあったもの。トナカイの肉、ユーカリのグミ・キャンディ、ニシンの薫製、クネッケ。会議の後の食事はスモルガスボード。アクアビットという透明な焼酎もあった。

スウェーデン人はコーヒーが大好きだ。牛乳とコーヒーの一人あたり消費量がけっこう高いはずだ。スウェーデン語の、よっぷよっぷ、という響きが懐かしい。そのスウェーデン人たちはフィンランドに対して微妙な感情を持っている。スウェーデン人はヴァイキングはフィンランド人だと信じている。言語もだいぶ違うのだという。

ヘルシンキの静かで透明な冷たい空気の中、おむすびをほおばったような暖かい交流。寂しいところのある人間どおしだからお互いの悲しさを思いやることができる。整った食事を見て涙ぐむみどりさんの気持ちが痛いほどわかった。おむすびのエピソードを聞いて感極まるみどりさんの気持ちも・・・。

おいしいごはんと、焼いた塩鮭。つくりたてのおむすび。どんなことがあったとしても俺たちにはあったかいご飯がある。

静かな佳作です。もたいまさこがいい味わいでした。

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