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「ナショナル トレジャー」

2005-04-24 17:49:10 テーマ:(な行)
信じがたい退屈さ。面白いと言う人が多いのに。興行成績もいいらしい。

なのに何?この映画。子供だましもたいがいにして欲しい。

主人公のニコラス ケイジは、何の根拠もなく、確信をもって北極に出かける。金持ち?しかもそこに、都合のいい「暗号」や「鍵」が転がっている。

この出だしからすごく厭な予感。予感はついに最後まで裏切られることなく、主人公たちはお宝をゲットして終わり。あほか。

何が厭だといって、国宝の古文書に「暗号」があるはずだから(何で?)盗み出し、レモンの汁をかけるところ。小学生の年賀状の汚いあぶり出しかよ。手垢まみれの「フリー メイスン」ねたもいい加減にしてくれよ。

何も考えられないガキにおすすめ。少しでも知性を働かせたい映画好きは見たら損する。はやる映画は、映画好き以外が見ているからはやるんだ、ということで。

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「The Bourne Identity」 ピアノマンは、Bourne?

2005-06-24 21:28:25 テーマ:(は行)
次々に主人公ボーンを殺そうと迫る刺客を、優れた洞察力と強さで倒していく。偶然や、力任せの勝負はない。観察力、スピード、判断力で相手の一歩先を行くのだ。見ている観客よりもボーンの行動が先を行く。

なんて頭のいい主人公だ。スパイ・アクションはこの作品が新たな水準を作った。このくらい頭が良くなくてはもはや誰も納得しない。
      ボーン2
地中海で漁船に拾い上げられる主人公。身体にチューリヒの銀行口座を示すチップが埋め込まれている。イタリア語もドイツ語もフランス語も話せる。野宿しようとした公園で職務質問をする警官二人をあっという間に倒してしまう。自覚しないのに身体が動く。

俺はいったい誰なのか?自分が誰なのか分からない。
          ボーン3
行方不明になり、海岸にぼんやり立っているところを発見された「若人あきら」。郷ひろみの物まねで、有名になった芸人だ。いま、我修院達也と名を変え俳優をやっている。土屋アンナさんの出ている「茶の味」で老アニメイターを演じ異彩を放っている。

ピアノマンの話題も聞かなくなったが、ピアノマンはこの映画の主人公と同じ、秘密組織の「マシーン」ではないか、と思った。違うようだが。

どのように仕込まれたのか、主人公ボーンは機械のごとく正確に自分の状況を把握し、迫る危機を回避し、敵を打ち倒す。

敵?何故自分はねらわれるのか?それすら記憶にない。

手がかりを求め、ボーンの逃避行は続く。
       ボーン1
ボーンに巻き込まれて、協力することになる女の状況設定がうまい。孤独で金がないのだ。金と引き替えに、ぼろぼろの赤いオースチンでパリに行くことになる。

この映画は見るべきだ。これを見て、「The Bourne Supremcy」を見てください。損はない。

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「The Bourne Supremacy」 役に立つ護身術

2005-06-25 09:12:15 テーマ:(は行)
厚めの雑誌を筒のように丸めて持つ。何をするのか、と思うと、不意に敵が刃物で向かってくる。第一撃を雑誌で受け止め、反撃に転じる。

この作品で得た身を守る知識だ。
        BS1
俺は、大型免許を持っている。普通車の運転歴は長いが、改めて教習所で大型を取った。免許を持っていない未熟ドライバーがうろうろする教習所内で4トントラックを爆走させるのは、一種のカー・アクションだ。

そこで学んだこと。ミラーを見ること。普通車でも同じだが、殺傷能力の高い大型車は、わずかに触れただけで一気に全てをなぎ倒す。暴力が大型なのだ。交差点を曲がるとき、街路樹のある道を直進するとき、左右を入念に見る癖がついた。普通車を運転するときも慎重になる。

歩くときも同じ注意を払うようになる。左右を確かめ、ビルやホテルの廊下でも、ぼんやり歩けない。どこに暗殺者がいるか解らないからだ。左右が見えない交差部分があぶない。ボーンのように、死角になっていて確認できないところは先に進まない。

この映画には、危険への対処が詰まってる。ボーンに学べ!!!
        BS2
物語は、ボーンを殺戮マシーンに育てた人物を暴き出す勢力とその陰謀をもみ消そうとする勢力との確執を描く。どちらにとってもボーンは重要人物だ。しかもボーンはどちらの情報も知らない。巧みな設定だ。
        BS3
ボーンは真相に迫り、自分が殺した人物のことを思い出す。ボーンがその両親を殺した娘に会いに行く。そして、最後の真相、自分は本当に誰なのか、知るための旅に出る。
ニッキー2 にっきー3
ボーンのかつての連絡役、ニッキー(Julia Stiles)

このくらい、完結編が待ち遠しい映画はない。早く見たい

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「FOLLOWING」 才人 Christopher Nolan

2005-07-08 21:28:17 テーマ:(は行) 冒頭、箱に、写真、現金、小物などを丁寧に入れるのが見える。物語の鍵が詰まっている。モノクロも雰囲気を盛り上げる。
  following2 following
作家志望の怠惰な男。暇にまかせ、他人を付け回す。他人の生活を垣間見て、作品の取材をする、というのが言い訳だ。特に悪意はなかったのだが、ある男に感づかれ、思いもよらない状況に放り込まれる。

バットマン・ビギンズの監督、クリストファー・ノラン。「MEMENTO」の前の作品、「FOLLOWING」。

「The following is my explanation・・・・・」から始まる男の独白で話は進む。警察の取り調べの供述のようだ。「MEMENTO」ほどではないが、時系列が巧みに動かされ、サスペンスを生んでいる。

出来事自体は普通のことなのだが、時系列を組み替えることで先への興味がつながっていく。出てくる女優の顔立ち、雰囲気も白黒フィルムにぴったりだ。昔のフィルム・ノワールを思わせる。

following と言う言葉は、尾行する、あとに従う、追随する、真似するという意味がある。この物語でも、追跡する者だった主人公が、ある男の犯罪の「手口」を真似し、その犯罪に同伴し、後継することになる。

「手口」は、method だ。バットマンでも、この監督は、いままでの「手口」を使っているのだろうか?興味がある。ぜひ見に行って確かめたいと思う。

警察で供述している主人公は最後まで自分の状況がわかっていない。事件の全てを語り終えて、見ている俺にも事態が分かったのと同時に、男も自分の置かれている状況を正確に把握する。 この構成がうまい。

クライム・サスペンスの傑作だ。「MEMENTO」とともに見るべき作品だ。バットマン・ビギンズも見るが、この作品もいいぞ!!おまえら、見ろ!!!!
     NOLAN Christopher Nolan

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「BATMAN BEGINS」 Three Wise Men of GOTHAM

2005-07-14 02:24:21 テーマ:(は行)
コミックとしての「バットマン」が随所に生きている。

悪者の悪巧みは覆され、悪態をつかれた奴には、きっちり同じ言葉でお返しをする。痛快だ。

金持ちのステレオタイプ、豪華な車で美女を両脇に抱え、ホテルに乗り付ける。美女二人がわがまま三昧。ホテルの支配人がたしなめると、その場で、ホテルごと買い占める!かっこいい!!

支配人は失業して、屋台で食い物を売っている。わかりやすい。

ものすごい、バットマンカー!!あまりの性能に笑ってしまう。

バットマンとして出撃するためのメカニズムがいい。サンダーバードの出撃を思わせる。

悪を懲らすため、みずからが「恐怖」になって、正義を行う。そのことの苦悩が描かれる。コクのある充実した作品だ。映画三本見たような満足感が残った。語ることが多くて少しずつ書くことにする。
         gotham
旧約聖書、アブラハムの時代のソドムとゴモラを思わせる暴虐の街、ゴッサム・シティ。シカゴやニュー・ヨークを想定しているのだが、GOTHAMと言えば、Mother Goose。

Three wise men of Gotham
Went to sea in a bowl;
If the bowl had been stronger,
My song would have been longer.

ゴッサムの三利口、お椀の船で、海に出た。
もっとお椀が強ければ、俺の話も続いたのに。(侍訳)

(この項、続く)

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「BATMAN BEGINS」 「怒り」と「恐怖」

2005-07-14 20:12:06 テーマ:(は
悪を倒すこと。恐怖を克服すること。十分鍛練を積み、修行を終える段になって、大きな葛藤が生まれる。「悪」を倒すためには、自分も「悪」を行わなくてはならないのか?悪い奴は容赦なく殺していいのか?

娯楽作品とは思えない深刻な内容だ。見ている俺もその苦しみの中にたたき込まれ、決断を迫られた。そして、ブルース=バットマンの選択に心から喝采を贈った。

映画の冒頭から、幼い頃の思い出と、「悪」を見極める放浪が重ね合わされて始まる。クリストファー・ノーラン監督の「MEMENTO」の「手口」は、それとわからないほどに洗練されている。

クリスチアン・べール演じる、主人公ブルース・ウェインは、少年のとき両親を目の前で殺される。悪に対する怒りと、両親を守れなかった自責の念でいっぱいだ。悪を滅ぼし、意味ある人生を得るには、どうしたらいいのか、苦しみ続ける。

人間には、行動するエネルギーのもとがある。

名声を得たい。金持ちになりたい。何かを手に入れたい。女にもてたい、というのも重要だ。高潔な人は、他人のために働きたい。世界の平和に貢献したい。正義を守るために働きたい。そのように思うだろう。

「怒り」で行動する人もいる。親に対する怒り。置かれた境遇に対する「怒り」。嫉妬、羨望からくる「怒り」。無力な自分に対する「怒り」。自責の念。

ブルースは、「悪」と戦うため、また、自分の内に巣くう「恐れ」を克服するために放浪に出る。氷に閉ざされたヒマラヤ山中の断崖にそびえる、ラマ僧(?)ラーズ・アル・グールの要塞での修行は「ニンジャ」なもので、バットマンの基礎能力はここで養われる。

ラーズ・アル・グルを演じる渡辺謙の巻き舌混じりの英語は真似してみたくなる。

ここまでで、映画一本分。アクションシーンも楽しめる。ついでに、ブルースが山に行くときも帰ってくるときも、肩からかけていた、バッグが欲しい。丈夫で、使いやすそうだ。

(この項続く)

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「モンスター」見始めた。これはすごい。

侍といえども、毎日劇場に足を運ぶわけに行かない。近所のレンタル屋からDVDを借りてきては映画を見る。見る時間も2時間じっと正座して見ることは不可能だ。

空いた時間にちょこちょこ見たりすることになる。偉そうなことを言っているが、そんなもんだ。

昨夜から見始めたのが「モンスター」。連続殺人犯の実話に基づいている。

主役の俳優のものすごさ!特殊メイクと、過食による肥満で、妖怪のような容貌になっている。ハリウッド一の美貌とうたわれた女優なのに。その気合いのすさまじさ。

クリスティーナ・リッチが重要な役で出てくる。嫌らしいほどうまい演技をしている。アダムス・ファミリーのウェンズデイちゃんのころからのファンなのだが、今回の役はなまなましい。肥満ぎみというか、むちむちの体つきにそそられる。暗くてきれいな顔立ちがいいのだが、今回の役にはぴったりだ。手にギプスをはめているのも、どこか病んでいる感じを象徴していていい。(「アダムス・ファミリーのエイプリールちゃん」と間違って覚えていた。理由はある。その名前の女の子を知っていたからだ。印象が似ていて間違ってしまった。)

とにかく、まだ途中までしか見ていないが、圧倒されている。

実際の犯人のDVDも出ているが、それも見たい。

人間はなんで、こんなモンスターを見たいと思うのか。自分の気持ちもいま測りかねている。

今夜、最後まで見るつもり。

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「ミリオン ダラー ベイビー」 店の名前もうひとつ

Heaven is “Ira's Roadside Diner”, that is, IRA,
Individual Retirement Account. A bitter joke? ...

アメリカ人が書いたらしい記事の断片。個人退職口座(年金)の意味。

でも、アイルランド人たちがスリゴでスクリーン指さして笑いどよめくっていうほうが迫力あるね。

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「ミリオン ダラー ベイビー」 レモンパイの店の名前

"IRA'S ROADSIDE DINER"
レモンパイの店の名前が出たとき、スリゴの観客はスクリーンを指さして笑いどよめいた。IRAの食堂?Ira はアイルランドではあまりない名前だ。大文字にすると I.R.A.       

これは、やばい名前だ。

    

  Irish Republican Army (アイルランド共和軍)の略で系過激派組。
  北アイルランドのイギリスからの独立を主張する。民族主義ゲリラ集団。
  イギリスにとって、テロ・民族主義反政府組織。
  政治部門はシン・フェイン党。(シン フェインは、「我ら自身」の意味)

1991年にダウニング街にロケット砲を三発打ち込んだのはこいつ等だ。実にやばい。メイジャー首相を殺そうとしたのだ。いまでも過激な活動は止むことはない。
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(この記事のポイントを上にあげて見やすくしました。)


ネットを見ていてあった記事。面白いので少し原文を。アイルランドのスリゴに住んでいる人が、アイリッシュのステレオタイプについて語っている。

million dollar irish stereotypes

justsaw "million dollar baby" last night, which i had been looking forwardto. i love clint eastwood as an actor, and his film "unforgiven" is inmy top ten.
俺も「許されざる者」が大好きだ。筆者と意見が合う。

i enjoyed million dollar baby enough, but i positively cringed as i sat watching with an audience in sligo.

sligo*is* inisfree, the land of which frankie (clint's character) reads froma little black book of yeats' poetry to maggie. when he quoted from thebook, there was a rippling whisper through the crowd.

作品を楽しんだが、スリゴの観衆と一緒に、肯定的jな「躊躇」を感じた。スリゴは、イェーツの故郷。フランキーが詩を読む場面で、さざ波のように囁きが広がった。 様子が見えるようです。

whenfrankie gave maggie the green silk robe, and didn't tell her what "mochuisle" meant, everyone one in the cinema audience was muttering andwhispering to confirm the meaning. and of course that it was spelledwrong.
緑のローブ、「mochuisle」の文字。ボクシングの観客は、ぶつぶつどんな意味か囁きあう。しかし、スペルが違うんだって!面白い。

likewise, in the film, the camera cut to shots of theaudience at the boxing match in london, and focused on some "irish"people who looked at each other, noticing the irish words on the backof the robe and started chanting, mo chuisle. now- if you had ANY DOUBTas to whether these people were in fact irish or not, it was clear,because they were all WEARING GREEN. green jumpers, green hats, greenjackets. this minor fact was not lost on my cinema audience, andeveryone had a good laugh at that.

ロンドンの試合では、はっきりアイルランドの人たちが観客にいる。疑いなくアイリッシュだと分かるのは、必ず緑の物を身につけているから。リスゴの観客も笑った。

likewise, at a later fight,more apparently irish fans came to support maggie fitzgerald.everybody, of all backgrounds, were waving the tricolour. but, therewere some "true" irish people there. in case you weren't sure, it wasobvious because they all had white beards, tweed jackets and flat caps!

アイルランドの三色旗も映る。本物のアイルランド人もいる。白いあごひげ、ツゥィードのジャケット、平らな帽子。

the funniest, absolutely funniest part was when they stopped for the best lemon pie at "IRA'S ROADSIDE TAVERN", which made people in sligo point to screen, and roar with laughter. IRA's Roadside Tavern?? Of course, Ira is not a common name in ireland, and in all-caps, it's especially not difficult to read this as I.R.A... If this reference wasn't done on purpose, it seems a massive oversight.
ここが一番面白い。

レモンパイの店の名前が出たとき、スリゴの観客はスクリーンを指さして笑いどよめいた。IRAの食堂?Ira はアイルランドではあまりない名前だ。大文字にすると I.R.A.       

これは、やばい名前だ。

    

    Irish Republican Army (アイルランド共和軍)の略で系過激派組。
    北アイルランドのイギリスからの独立を主張する。主義ゲリラ集団。
    イギリスにとって、テロ・民族主義反政府組織。
    政治部門はシン・フェイン党。(シン フェインは、「我ら自身」の意味)

1991年にダウニング街にロケット砲を三発打ち込んだのはこいつ等だ。実にやばい。メイジャー首相を殺そうとしたのだ。いまでも過激な活動は止むことはない。


So it makes me wonder, what is clint on about here?
i'mnot sure exactly why the two main characters are apparentlyirish-american, and what this means to an american audience for whomthe film was made.
二人の主要な役がアイリッシュであることが、アメリカ人の観客にどのような意味を持つか分からない。

Why is it important that the main characteris struggling with some kind of guilt, that he talks to an unsuallyyoung american priest, that he reads "gaelic", and irish poetry... thatthe young boxer's name is "maggie fitzgerald"? i dunno... maybe it's"the fighting irish" thing... ?
なぜ、アイリッシュであることを強調しているのか?マギー・フィッツジェラルド?たぶん「戦うアイリッシュ」の意味だろう。

It rather reminds me of hearing fromIrish people who've lived in places like East-Boston, and describinghow they felt as if they were less Irish than these Irish-Americanswith their celtic knot-work tatoos.
ケルトの編み物柄の入れ墨をしたアイリッシュたちが、 東ボストン(ミスティックリヴァーの町だ)に住む。その数はアイルランド人より多いんじゃないかと、そのあたりのアイリッシュが言ってることを思い出した。

Other than the possible reference to a stereotype of the "fighting irish", the Irish-ness ofthe characters seems peripheral and at least while watching it with anIrish audience, it was particularly jarring in its ignorance anddistracting.
そのほかに読み取ることの出来るステレオタイプは「戦うアイリッシュ」。でもその「アイリッシュ性」はまとまってあらわされてはいない。一アイリッシュとして見てもはっきりしないところだ。

こんな感じでしょうか。雰囲気は分かると思います。

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「松川事件(1961)」 恐ろしい国家犯罪

1949年に福島県で列車転覆事故があった。 調べてみると、何者かによってレールがはずされ、明らかに脱線転覆を意図した事件だった。

一人の19歳の若者が傷害容疑で逮捕される。大規模な国鉄の人員整理で解雇されたばかりだ。列車転覆事件を自白する。自白に基づき、国鉄労組関係者、同じように大量解雇があった東芝労組関係者が20人、逮捕される。

結果から書くが、全員まったくの冤罪だ。1961年全員無罪、1963年検察の控訴も棄却され無罪確定。歴史に残る国家のでっち上げ冤罪事件だ。

映画「松川事件(1961)」は事件の発端と裁判の経過を淡々と克明に描く。1961年の仙台高裁差し戻し判決が出る前に製作されている。映画の最後で、判決がこれから下される、と結ばれる。映画は無罪を確信している。

この作品自体が、被告20人の冤罪を救うための募金で作られている。当時の金で4,500万円。小さな額ではない。出演者 も、精鋭が揃っている。宇野重吉、宇津井健、千田是也、殿山泰司、西村晃、多々良純、加藤嘉、沢村貞子、北林谷栄など。一審の裁判長役の鶴丸睦彦など、憎々しい顔つきがあまりに真に迫っていて、夢に見るほどだ。加藤嘉の二審の裁判長も同じ。名演と言うべきか。

若者の嘘の自白がすべてを招いたのだ。若者は警察署に拘束されるが、酒を飲まされ、たばこを与えられ、時には刑事と一緒に風呂に入りながら、検察の描いた事件のストーリーげに従い、自白をさせられていく。脅され、嘘の証言を聞かされ、朦朧状態で自白調書に署名させられる。まったく身に覚えのないことを自白させられる恐怖。拘禁状態で追い詰められると人間はそのような心理状態にもなるようだ。

裁判では、自白調書のみが証拠とされ、家族のアリバイ証言もすべて退けられる。労働争議や、共産主義者を悪と決めつけ、見せしめにすることが狙いだったからだ。

第一審で、5人が死刑判決、5人が無期懲役、残りも全員懲役刑。本当に恐ろしい。二審でも3人の無罪者が出たが、死刑4人、無期懲役2人。事件の物的証拠がことごとく検察のでっち上げだ、と証明されたにもかかわらず。

共産主義者が国家転覆のため革命闘争を行おうとしているとの社会不安があった。大事件を起こし、社会の混乱に乗じて共産主義政権を作ろう、と本気で考えるのが共産党だ。今もその本質は変わっていない。オウムと同じと断言してもいい。それが世界の平和につながると確信していることも同じだ。

共産党に対する恐怖が生んだ冤罪事件だ。国家は共産主義者におびえ、全くの無罪の人間に二度まで死刑判決を下した。アメリカのGHQが係わっていることが言われている。線路をはずしたのはアメリカ兵12人だった、との目撃証言もあるそうだ。目撃者は、後日、水死体で発見される。殺されたのではないだろうか。

国家を維持し、政権を保つための現実にはこのような暗い面がある。選挙で嫌がらせの対立候補をたてることなど、茶番に等しい。「平和ボケ」はニッポンのアイデンティティだ。

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