« 「トゥルー・クライム」クリントさえ出ていなければいい作品。 | トップページ | 「バースデイ・ガール」ニコールの演技力! »

「The Passion of The Christ」 キリストの受難

後半1時間に及ぶ拷問と十字架刑の描写に疑問を感じた。この映画一番の宣伝箇所だ。メル・ギブソンがイエス・キリストの受難をリアルに再現しようとした結果だ。
東宝
パッション

聖書を題材にした映画はたいてい面白い。古くは「天地創造」「十戒」。ノアの箱船やモーセが紅海を渡る場面など最高のスペクタルだ。ハリウッドでは、ネタに詰まると聖書映画をゴージャスに作ると当たる、というジンクスがあったらしい。

映画「ベン・ハー」も、キリスト時代を背景にベン・ハーと言う男を描いている。イエスを手助けして一緒に十字架を担ぐ男がベン・ハーだ、と言う設定になっている。聖書の記述に十字架を担がされたクレネ人シモンの話が出ているのだ。そこからその時代を生きた男の数奇な運命をダイナミックに描いた痛快史劇が「ベン・ハー」だ。

このメル・ギブソンの「受難物語」は聖書の福音書を忠実に描いていこうという意図がある。カットバックで描かれる様々なエピソードもすべて四つの福音書によっている。

姦淫の女の場面は秀逸だ。イエスが地面に文字を書く場面。石を放り投げ帰って行く男たち。足許に伏せている女の視線で描かれる。

姦淫の現場を捕らえられた女が律法に従い石打ちの刑になる。その場に立ち会ったナザレ人イエスが「あなたがたのなかで自分は一度も罪を犯したことのない者はこの女に石を投げなさい」と言う。そして地面に文字を書く。

男たちは我に返り持っていた石ころを放り出し年長者から去っていく。イエスは女に聞く。「誰か石を投げる者があるか?」「いいえ」「それなら私もあなたを罪に定めない。家に帰りなさい。これからは罪を犯してはならない」。

聖書を知っている者には隅々まで興味深く見ることができるだろう。そうではない者にとって様々な細部は意味を持たない。そのような作品だ。

会話の一つ一つ、大祭司カヤパやヘロデ王、ローマ総督ピラト、ユダヤ人たち、ローマ兵たち、それぞれの心理描写や会話はすべて聖書にあるとおりだ。ユダヤ人が衆愚と化し、イエスを憎むあまり、恐ろしい人殺しバラバを釈放せよ、とわめく場面。ナザレ人イエスを十字架につけろ!と叫ぶ場面。

2000年も前のことだが、今のテレビで見る衆愚の姿とまったくかわらない。ナザレ人イエスが十字架にかかる5日前には、歓呼の声で迎えたエルサレムの住民が、同じ口でイエスを十字架で殺せ!と叫ぶのだ。

バッハの「マタイ受難曲」「ヨハネ受難曲」にもこのユダヤ人たちの恐ろしい声が描写されている。興奮を表す常軌を逸した音型の反復と高揚でこの場面が描かれる。

「衆愚」の恐ろしさだ。2000年前から聖書には、はっきり描かれている。

むち打ちの場面、十字架刑の描写は長くて執拗だ。暴力の非情さは「マッド・マックス」と同質のものだ。明らかにやりすぎ。不快だ。こんな場面は見たくない。

サタンの表現はよかった。聖書にはもちろん出てこないがゲッセマネの園で祈るイエスの場面から現れる。男でも女でもない恐ろしい魅力ある人物。それがサタンだ。鬼や、ばい菌のような姿をしているのは幼稚な悪魔像だ。悪魔は最高に魅力ある人物として現れる。

蛇はサタンの象徴。キリストはサタンの頭をかかとで踏みつぶす。イザヤ書にあるとおり。そのような細かい隠喩がちりばめられた聖書マニアには興味深い映画だ。

マニア以外には勧めない。見ても得るものはないだろう。それより聖書読んだ方がいいよ。少なくとも四つの福音書を全部読んでから見れば面白いということです。

|

« 「トゥルー・クライム」クリントさえ出ていなければいい作品。 | トップページ | 「バースデイ・ガール」ニコールの演技力! »

「映画(は行)」カテゴリの記事

コメント

わたしもいつも見ようか見まいか迷っていた作品です。
もっとも聖書に忠実に作ってある、しかもアラブ語?ヘブライ語?なんですよね。
聖書を知らない人間ですのでおすすめに従って見ないことにします(苦笑)
「2000年も前のことだが今のテレビで見る衆愚の姿と変わらない」で思いだしましたが、クリスティーナ・リッチ主演の「ギャザリング」興味深かったですよ。
そのように集う人々をテーマにしたゴシック・ホラーです。地味ながらおもしろかったです。
ps、体調はいかがですか?

投稿: しゅぺる&こぼる | 2006年4月 1日 (土) 23時51分

初めまして♪
僕はこの映画のムチ打ちにやられてしまいました。

始めは単なる映像だったのが、リアルに痛みが伝わってきて、次第に”自分にはこんな痛みを乗り越えてまで護りたい価値観を持っているんだろうか?”って感じて来ました。

そこまでして護るべきモノのない僕には、ムチ打ちの痛みは怠惰な自分を責め立てられる痛みに思えました(笑)

僕なら、あんなん、1発でギブっすわ。

つまり僕にとって、あのムチ打ち以外の執拗さは、映像の痛みの質を変え、解釈を超えたトラウマを植え付けるインパクトがあったのです(笑)

結果、リスト教の始祖としてではなく、痛みに耐え、自分を貫いた意志の強い人がいたもんだなぁ~と単純に感心。


ただ、長かったわりにムチ打ち以外のシーンを全く覚えていないのはなぜなんだろう…

老化現象か??(汗)

投稿: バグ | 2006年4月11日 (火) 09時59分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/164307/9382634

この記事へのトラックバック一覧です: 「The Passion of The Christ」 キリストの受難:

« 「トゥルー・クライム」クリントさえ出ていなければいい作品。 | トップページ | 「バースデイ・ガール」ニコールの演技力! »