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三遊亭円弥師匠死去

幻の噺家、というフレーズを自称していた。最近どうしているかな?と考えていた。

asahi.com:落語家の三遊亭円弥さん死去�-�おくやみ.

銀座の東芝ホールで円弥師の噺を聞いた。演目は「三十石」。船のなかで暇をもてあます旅人のたちのたわいのない風景を描いたもの。そのなかの、紀伊国屋文左衛門のみかん船にかけた「沖がくらいのに白帆が見える」という謎かけが馬鹿におかしくていまだに忘れられない。

生真面目で端正な芸風。派手なところがない。風貌もまさに「幻(まぼろし)」のごとくはっきりしない目鼻立ちだった。でもよく見ると渋い二枚目。玄人好みのするいい噺家だった。

あの「三十石」。夏時分で白のすっきりした着流し姿。

その後一度もあの「三十石」は聞いたことがない。爆笑の思い出、円弥師匠。

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「バースデイ・ガール」ニコールの演技力!

何の特徴もない平凡なイギリス人ジョー。銀行の窓口で10年真面目に勤め上げ金庫の鍵も預けられるようになった。申し分のない人物なのだが結婚しないまま来てしまった。ロシア人の花嫁を紹介するWEBサイトで一人のロシア女をオーダーするところからこの映画は始まる。

ジェネオン エンタテインメント
バースデイ・ガール

空港で迎えに行くと来たのはなんとニコール・キッドマン!!!!!俺だったら腰を抜かす。背が高くエキゾチックなメイクとあの顔立ち。ニコールはロシア語もさらったらしく実にそれらしい。本物のロシア人に見える。ナディアと名乗る。

ナディアは英語が話せない。紹介サイトでは英語が話せるってことだったのに!!ジョーは不満で「返品」したくて仕方がない。俺だったら全然かまわないのにね。だってニコールだよ!!

そのニコール、いやナディア、ジョーを徐々に誘惑しすっかり虜にさせてしまう。ジョーもナディアに惚れ込んで(そりゃそうだ、ニコールだもん)ロシア語の手紙を書くほどになる。

ここまでが発端。ここまではなんだかつまらない。ニコールが初々しくて綺麗なんですが。エロティックな場面もたっぷりある。全裸に近いニコールが見られる。ファンは必見!

映画が始まって30分ぐらい。ナディアが今日は誕生日だと言う。パーティをしよう、と答えるジョー。和やかな団欒に突如現れる男二人。ロシアから来たナディアの従兄と名乗る二人組だ。ここから意外な方向に物語は動いていく。サスペンス・タッチになる。ラブコメだと思っていたら犯罪物語なのだ。

主人公ジョーの味わう失望。ナディアの味わう荒廃。どちらも見ている者に共感を与える。この等身大の共感が後半の展開に大きく関わってくる。シナリオのうまさだ。

終盤は愛情の物語。最悪の状況に置かれるジョーとナディア。どう見ても接点のない二人がどのようにお互いを赦し受け入れていくか?ゴールは決まっている。脚本の腕の見せ所だ。シナリオはその難題をクリアしている。

それ以上にこの映画が成立するために重要なのはニコールの演技だ。常に美しく毅然としていながら、その場面にふさわしい最高の演技を見せる。俺はニコールの容姿が好きだが、それ以上に女優として演技の力が遺憾なく発揮されている。

むしろこの映画では容姿のハンディも見える。背が高く、エキゾチックで親しみを感じにくいきつい顔立ち。ニコールが両親から授かっただけの容姿に頼っていたらとっくに仕事を失っていただろう。ニコールの頭の良さ、女優としての根性が今の地位を保たせているのだ、と思った。

ニコール万歳!!

(映画はいまいち)

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「The Passion of The Christ」 キリストの受難

後半1時間に及ぶ拷問と十字架刑の描写に疑問を感じた。この映画一番の宣伝箇所だ。メル・ギブソンがイエス・キリストの受難をリアルに再現しようとした結果だ。
東宝
パッション

聖書を題材にした映画はたいてい面白い。古くは「天地創造」「十戒」。ノアの箱船やモーセが紅海を渡る場面など最高のスペクタルだ。ハリウッドでは、ネタに詰まると聖書映画をゴージャスに作ると当たる、というジンクスがあったらしい。

映画「ベン・ハー」も、キリスト時代を背景にベン・ハーと言う男を描いている。イエスを手助けして一緒に十字架を担ぐ男がベン・ハーだ、と言う設定になっている。聖書の記述に十字架を担がされたクレネ人シモンの話が出ているのだ。そこからその時代を生きた男の数奇な運命をダイナミックに描いた痛快史劇が「ベン・ハー」だ。

このメル・ギブソンの「受難物語」は聖書の福音書を忠実に描いていこうという意図がある。カットバックで描かれる様々なエピソードもすべて四つの福音書によっている。

姦淫の女の場面は秀逸だ。イエスが地面に文字を書く場面。石を放り投げ帰って行く男たち。足許に伏せている女の視線で描かれる。

姦淫の現場を捕らえられた女が律法に従い石打ちの刑になる。その場に立ち会ったナザレ人イエスが「あなたがたのなかで自分は一度も罪を犯したことのない者はこの女に石を投げなさい」と言う。そして地面に文字を書く。

男たちは我に返り持っていた石ころを放り出し年長者から去っていく。イエスは女に聞く。「誰か石を投げる者があるか?」「いいえ」「それなら私もあなたを罪に定めない。家に帰りなさい。これからは罪を犯してはならない」。

聖書を知っている者には隅々まで興味深く見ることができるだろう。そうではない者にとって様々な細部は意味を持たない。そのような作品だ。

会話の一つ一つ、大祭司カヤパやヘロデ王、ローマ総督ピラト、ユダヤ人たち、ローマ兵たち、それぞれの心理描写や会話はすべて聖書にあるとおりだ。ユダヤ人が衆愚と化し、イエスを憎むあまり、恐ろしい人殺しバラバを釈放せよ、とわめく場面。ナザレ人イエスを十字架につけろ!と叫ぶ場面。

2000年も前のことだが、今のテレビで見る衆愚の姿とまったくかわらない。ナザレ人イエスが十字架にかかる5日前には、歓呼の声で迎えたエルサレムの住民が、同じ口でイエスを十字架で殺せ!と叫ぶのだ。

バッハの「マタイ受難曲」「ヨハネ受難曲」にもこのユダヤ人たちの恐ろしい声が描写されている。興奮を表す常軌を逸した音型の反復と高揚でこの場面が描かれる。

「衆愚」の恐ろしさだ。2000年前から聖書には、はっきり描かれている。

むち打ちの場面、十字架刑の描写は長くて執拗だ。暴力の非情さは「マッド・マックス」と同質のものだ。明らかにやりすぎ。不快だ。こんな場面は見たくない。

サタンの表現はよかった。聖書にはもちろん出てこないがゲッセマネの園で祈るイエスの場面から現れる。男でも女でもない恐ろしい魅力ある人物。それがサタンだ。鬼や、ばい菌のような姿をしているのは幼稚な悪魔像だ。悪魔は最高に魅力ある人物として現れる。

蛇はサタンの象徴。キリストはサタンの頭をかかとで踏みつぶす。イザヤ書にあるとおり。そのような細かい隠喩がちりばめられた聖書マニアには興味深い映画だ。

マニア以外には勧めない。見ても得るものはないだろう。それより聖書読んだ方がいいよ。少なくとも四つの福音書を全部読んでから見れば面白いということです。

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「トゥルー・クライム」クリントさえ出ていなければいい作品。

冤罪が明白な死刑囚。クリント演じるたたき上げの新聞記者には冤罪だとわかる。大事な手がかりを発見したのだが、あと数十分後に迫った死刑執行を止めることが出来るか?

サスペンスフルな展開に手に汗を握る。

ワーナー・ホーム・ビデオ
トゥルー・クライム 特別版

俺はどちらかというとクリント贔屓だ。よっぽどのことがないとクリント側に立とうとする。だがこの映画は無理だ。脚本、構成ともに優れている。映画として見事にできている。

アルカトラズ刑務所の海側から迫っていく冒頭のショット。無駄なくすべてを説明する。健康診断を受ける黒人の若い男。この男が味わう「特別なこと」を丹念に描いていくことで、この男が死刑囚で、近く死刑が執行されることがわかる。その語り口のうまさ。

Tcrime1_1 アイザイア・ワシントンが映画の最後の最後まで素晴らしい演技を見せる。娘との別れの場面は涙なくしては見られない。慟哭の演技だ。

クリント演じる主人公は酒と女で身を持ち崩した昔気質の新聞記者。平気で自分より年の若い上司の女房を寝取ったり、若い部下の女の子を口説く。家庭には若い妻とまだ4歳ぐらいの子供がいる。

ところかまわずたばこは吸うわ、セクハラ発言し放題、規律なんか糞食らえ。自分の直観のみが頼りで大スクープもものしてきた。その点だけは編集長に信頼があるらしい。人格は最悪。

古くさい造形だ。

20年以上前はこのようなキャラが全盛だった。刑事コロンボも言ってみればこの類型だ。コロンボの造形は、ドストエフスキーの「罪と罰」で、青二才の殺人犯ラスコーリニコフを追い詰める予審判事ポルフィーリだが、冴えないだらしない刑事なり記者が執拗に真相に迫っていく、というタイプのミステリは多い。イギリスではおなじみ「刑事フロスト」がその代表だ。

Clint_eastwood2

そこまではいい。この主人公を当時69歳のクリントが演じるのだ。冒頭、孫のような若い子をバーのカウンターで口説く場面から嫌な予感がする。なにこれ?クリント、すっかりその気なのだ。女たらしキャラを69歳の老人が演じる。

痛々しい。

実際のベッドシーンもある。クリントの首の下の弛み具合がまさしく老人のものでうんざりする。

Tcrime5_1 家庭を仕事のために当然おろそかにするクリント。可愛い4歳の女の子が出てくるが、これがクリントの本当の子供だから始末に負えない。フランセスカ・ルース・イーストウッドという。この映画にも出てくる女優でありクリントの妻のフランセスカ・イーストウッドとの間に生まれた実子なのだ。

この映画はクリントのホームヴィデオかよ!!!

69歳で4歳ぐらいの娘のいる、ばりばりの女たらし新聞記者。そんな奴いねえよ!

ひとえにクリントが主演したために最悪の映画になっている。クリント以外、シナリオも演技も最高!!最後まで目が離せないサスペンス。

張られた伏線は映画の中で綺麗に解決する。いつもながらクリントの映画は清潔だ。状況を説明していく語り口も最高にいい。クリントの才能に脱帽だ。

だが、この映画で主演したクリントは見るに堪えない。上手の手から水が・・というか、このくらい自惚れがないと素晴らしい作品を作ることはできないのかもね。

クリントは何度結婚して何人子供がいるんだっけ?本当はそういう奴なんだけどね、クリントは。

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