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桂文楽「寝床」ディレッタントの悲しみ。

先代の桂文楽。おなじみの「寝床」。いまの文楽「ぺやんぐ」の桂文楽は下手くそ。文楽の名を汚す下駄面。俺は認めない。

桂文楽(八代目)
落語名人選 寝床/素人鰻

人情家で慈善家、面倒見のいい大家さん。唯一の欠点は義太夫を語ること。素人だから下手なのは仕方ない。この下手さ加減が詳細に語られる。まともに聞いたとたん熱を出して寝込んだおばあさん。医師の見立ては「義太熱だ」。くだらない。実にくだらない。でもこのくだらないフレーズがたまらなく可笑しい。

この落語をはじめて聞いたのは小学生の頃だ。文楽の録音で聞いた。さっき聞いたのも含めて少なくとも200回は聞いているだろう。ほとんどのフレーズは記憶している。くすぐり(所謂ギャグのことですな)も知っている。でも聞く度に笑ってしまう。口調というかタイミングと言うか。芸人に言わせると「間」というやつだ。

下手だけど、金があるからみんなを招いて義太夫を語るにあたり、料理人を雇い、酒やお茶、お菓子の段取りまで心を尽くして長屋の店子や自分の店の従業員をお客さんとしてお迎えする準備をする。

招かれる側は大家さんが義太夫を語るとなると、涙ぐましい言い訳をして義太夫を聴かない算段。苦労人の番頭が旦那の機嫌を損ねないように様々な言い訳をする。これがとてつもなく可笑しい。言い訳を列挙してみよう。どうせ暇だから。

提灯屋。因果と義太夫好き。お得意に開業式があって、ほおずき提灯を混ぜて三束五十ばかり請けあって今晩の内に仕上げなくてはならない。「こういう仕儀であるからせっかくのお催しであるが今晩はうかがわないからあしからず」というお断り。

大家のコメント。「なんて因果な奴だ。この前も私の義太夫が聴かれなかった。力落とすといけないから、この頃に暇なときに刺しでもってみっちり聞かしてやるから力つけてやんな。」

金物屋。無尽があって「初回が親子内の無人。親子内の無尽に不参をするわけに行かないから残念ながら伺わないからよろしくとの・・。

大家「まあ用なら仕方がない。こっちは遊びだよ。」

裏の吉田の息子。今朝商用でいちばんで横須賀に立ってお帰りは終列車。もっともおっかさんがいらっしゃいますが、お年寄りでお風邪をめしまして。大変に寒気がする。こういう訳であるから伺わないからよろしく。

大家「今年はまた病人が多いね。陽気が悪いからな。気をつけなけなくちゃいけない」。

小間物屋は?おかみさんが臨月でございましてな。今朝から急に虫がかぶったとの。家内が産をするのに義太夫を伺っていたなんていうことがご実親類の者やなんかにわかると煩そうございますから・・・。

大家「だから病人ならしかたがない。そう言ってるんだよ」

豆腐屋はどうしたい。お得意に年会がございますので。生揚げとがんもどきのあつらえを八束五十ばかり請け負ったと。・・・・・そういうわけであるから旦那によろしく。

頭はどうしたい?成田の講中にごたごたがあってあすは一番で成田に発つとの。一番と言うと五時でございます・・・・。

大家「わかったわかった。長屋の者は誰が来るんだ」。

「へえ、どうもお気の毒さま。」

長屋の者のみならず自分の店の従業員もことごとく言い訳をして旦那の義太夫の会に来ようとしない。

やんぬるかな!

「まだ青い素人浄瑠璃黒がって、赤い顔して黄な声を出す」。「寝床」の枕に振られる蜀山人の狂歌だ。この通りのことは現代でも頻繁に起こる。

下手くそな上司のカラオケを聞かなくてはならないサラリーマン。同じ心境だろう。下手くそな学生バンドの演奏会に付き合いで行ったときとか。ピアノ教室の先生がおさらい会で弾いたはいいけれど、実はぼろぼろで止まる寸前。でも誰もつっこめない、とか。。。

名のある教師でも、実は下手くそな教師のリサイタルの切符を買わされるのには閉口する。いい教師、必ずしもいい演奏家ではないからね。

だがこの大家さん素人だ。よくそのことは自分でわかっている。だから、酒、料理、お茶にお菓子を整えて、それでもなんでも聞いて欲しいのだ。

俺は断言する。大家につき合わない店子、従業員!おまえらが悪い。お前らは芸術愛好者の気持ちをわかっていない!!演芸評論家の安藤鶴夫も素人義太夫語りだった。「寝床」について、同じ感想を書いている。

悲しきディレッタントの孤独が見事に表現された落語が「寝床」なのだ。面白いよ。

如才ない番頭が旦那の気持ちを取りなす場面がある。桂文楽(先代!)の真骨頂。大家の独白だけで番頭のとりなし言葉や場面が彷彿とする。素晴らしい一人芝居。すっかり機嫌が良くなっていく様子が目に見えるように演じられる。

隙なく密度の高いくすぐり(ギャグ)が詰まっている。ほんの少し書き起こそうとしてそのことに気付いた。歯切れのいいスピードある言葉に可笑しさが詰まっている。何度聞いても聞き飽きない可笑しさ。これこそ桂文楽だ。洗練されたギャグ、フレーズ。

番頭が苦し紛れに言う一言。「因果と丈夫」。このくらい可笑しい言葉はない。大家が怒り狂うのももっともだなのだ。「因果と丈夫とはなんだ。無病息災これくらい有り難いことはない。高い米を食って生意気なことを言うな!」

いまでも俺の中に刷り込まれている言葉。こっそり「因果と丈夫」、と心の内でつぶやく場面は多い。

桂文楽。聞くべし。日本人で桂文楽の落語を知らないのは不幸だ。恥だ。

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コメント

いや、全く持って同感。

「因果と丈夫」「高い米喰って生意気なことを言うな!」

このクダリはすばらしいと思います。
加えて言うなら、
「番頭!お前恥ずかしくないのか!四十の五十のと重箱のように歳ばかり重ねて!」

も、最高だと思います。

投稿: しまじゅん | 2006年2月 9日 (木) 00時03分

おお!同好の志、現る!!!

この記事自体「ディレッタントの孤独」だったんですよ。ディレッタントとは、「好事家」つまり「物好き」のことなのにね。。ま、芸術愛好者でもいいですが。

ココログのおだやかさを感じます。コメントありがとうございます。

いまのスカスカの漫才や「ギャグ」と称するたった一言のリアクションなんか、ゴミのようです。

桂文楽の落語の密度に改めて驚きました。どこを取り出しても可笑しさが入っていてます。それが次から次へと流れていく。

いまのコントや漫才がスピードがある、とか言われますが、ギャグの詰まり方と口調で、桂文楽の落語のほうが速くて量が多いと思います。

みんな知らないだけで、桂文楽や志ん生の落語は笑いのお手本、基準ですね。私は可楽の媚びない落語も大好きです。

また、ぜひ語り合いましょう!!

投稿: 映画侍 | 2006年2月 9日 (木) 00時20分

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