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「コールド マウンテン」 胸を打つクラシック!

2005-11-02 18:59:38

テーマ:(か行)

南北戦争の映画「アラモ 」で、デイビー・クロケットやヒューストンの活躍を見た。この映画はその大歴史を背景に、町場から来た牧師の娘と、村の若者の純愛大河ドラマ。真っ白い肌の牧師の娘は、ニコール・キッドマン。木訥な若者はジュウド・ロウ。俺の美貌の女友達が「ずるい」と嫉妬するほどのハンサムだ。

コールド・マウンテン cm2

140年も前のことだから、男女の関係はすぐに深まらない。早くに母親を失い、牧師である父の世話、教会の世話を一手に引き受けてきた堅い娘であれば、いたしかたない。「いつもトレイをもっているね」という台詞が胸に刺さる。まさにそのように生きてきた娘だ。ピアノを弾き、ラテン語を理解し、小説を読む。

融通の利かない物堅い娘をニコールが顔まで野暮ったくして演じる。寒さに赤らむ頬がいい。不幸そうなしかめっ面もいい。笑っていられない場面ばかりだ。


わずかな逢瀬を重ねる村の若者イルマンと牧師の娘アイダ。いよいよ南軍が北軍と一戦を構える事態になる。義勇軍に応召する若者たち。村の男は自分の村を守るために戦争に行く。美しい山や川、丘や草原。広々とした大地にたくさんの男たちの血が流される。


田舎娘のルビー。飲んだくれでろくでなしの父親に放置されて育った。生活力は旺盛だ。ルビーに何も出来ないことを呆れられるアイダ。「生活に役に立つことはするな、と教育されてきた」と怒鳴る。南部の階層社会の実際だろう。黒人奴隷の労働で白人のインテリはサザン・マンションと呼ばれる白亜の豪邸に住んでいたのだから。

     sm

南部訛りが心地よい。ルビーを演じるレニー・ゼルウィガー。テキサス出身。普通のテキサンでも今はこんなに訛ってはいないだろう。この人が「ブリジット・ジョーンズの日記」で英国訛りを完璧に話せるのが驚きだ。「ブリジット」は見ていないのだが、この演技を見て絶対見ようと決心した。

戦場で起こる数々の悲惨な出来事。淫乱な堕落牧師。若い亭主を戦争で亡くし病気の乳飲み子を抱えた悲しい未亡人。、略奪や強姦。義勇軍の名を借りた虐殺、略奪。すべての苦渋を味わうイルマン。死線をさまようがアイダに会いたいばかりに生き延びていく。

音楽の無力と力も描かれる。ルビーの父親はどうしようもないろくでなしだが、フィドルを演奏する。戦死者に南部訛りのレクイエムを演奏する。バンジョーの相棒と愛想を尽かされた娘のルビーのために演奏する姿は悲しくも滑稽だ。ルビーの父親に対する思いが絶妙の演技で示される。レニー・ゼルウィガーの演技は見事だ。

再会の後、義勇軍という虎の威を借るならず者たちとの対決が待っている。思いがけない展開で、ドラマは終焉を迎える。

エピローグで、アイダが、死んだ羊の皮を剥ぎ、子羊に着せる場面がある。アダムとイブが失楽園の最後に神に着せてもらう羊の毛衣を思い起こす。人間は罪を犯しエデンを追い出されるのだが、その後も神自身の保護があることを表している。人間がその保護を得るために罪のない羊の血が流されたのだ。

美しい山河の映像が心に染みる。アメリカの苦難の時代を思い厳粛な思いになる。「走れメロス」やデイヴィッド・リンチの「ストレイト・ストーリィ」のようにまっすぐ愛情を語り、すがすがしい。そんな時代もあったのだ。多くの犠牲の上に生き残った者で新しい生活が始まり、今日のアメリカや日本がある。

音楽の与える意味も最後に語られ、俺は深々と感動した。これはクラシックのメロドラマです。文学しています。いい作品を見て心が洗われました。日頃の非道を少しは改めなくては・・・。

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