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「リンダ リンダ リンダ」 見るも無惨な駄作。

2005-07-28 22:50:35

テーマ:(ら行)

香椎由宇がかわいそうだ。こんなくだらない企画に、客寄せ、金集めのために入れ込まれて、身の丈に合わない「女子高生」を演じさせられる愚劣。香椎由宇の女子高生姿なんか見たくない。日本人のロリコン志向を嫌悪する。香椎由宇にはきちんとした大人の役を与えるべきだ。香椎由宇の資質を生かせるクリエイターが日本には一人もいないのか?暗澹たる気持ちになる。

10001392634 ゴミだらけの部室。無責任で身勝手なガキども。汚らしいバンド崩れの大人。音楽への愛情も熱意も感じられない。薄汚れた校舎。抜けの悪いくすんだ映像。悪趣味なギャグ。若者や音楽業界に媚びた最悪の映画だ。

監督がどうのこうのと蘊蓄を語るのが嫌いだ。しかしこの作品は監督の資質を考えずにはいられない。出来損ないポルノ映画を撮った監督の、出来損ない「青春映画まがい」がこれだ。見るも無惨!

監督の興味はどこにあるのか。「ブルーハーツ」の歌にだって、何の思い入れも感じられない。どこにでもいる高校生のつまらない日常をだらだら描く。モラルの話ではない。雑然として、だらしない、幼稚で、きまぐれな、見るに値しない日常をことさら描く。出演者がなにより楽しそうではない。わざとそうしているのだろうが、ふてくされた顔ばかり、意味ありげに映す。鬱陶しい。

俺は何の関心ももてない。身の回りの子供たちのほうがよっぽど生き生きしている。死んで腐った嘘のリアリティに金を払う価値はない。

美しい映像が一つもない。心に迫るエピソードが一つもない。面白い場面が一つもない。音楽の良さを感じる場面がない。バンドの楽しさを感じない。達成感がない。ごみや雑然とした場所ばかり撮る。愛らしい女の子が一人も出てこない。小生意気なわざとらしい不快な幼児が二人も出てくる。心に残る台詞が一つもない。意外な展開が一つもない。懐かしく思う場面が一つもない。爽やかさをすべて殺している。

2時間、苦痛を強いられた。時間の無駄。実際の日常よりも意味を感じない映画を見るなんて最悪の体験だ。

子供に係わる大人の汚らしさも見たくない。バンド崩れの小汚い男が、ゴミだらけの車に乗って出てくる。わざわざ汚物ばかり見せる監督のセンスを嫌悪する。気安く、香椎由宇の肩に触るんじゃねぇ!!!!!

監督自身の、高校時代ってのは、みんなこんなふうにもどかしく、いい加減で、なんか懐かしいもんだ、程度の思い入れで作った演出だろう。卒業アルバムを懐かしんでいるようでよかった、という感想も聞いた。そういう感傷が嫌いだ。どうです、なつかしいよね、とべたべた媚びてくる奴らが大嫌いだ。いいかげん卒業しろ!!!

どうせお前は、いつも真剣に動く他人ばかり見てきたのだろう。当事者になることを徹底して避け、傍観者でいたのだろう。その見てきただけのものを、映画にしたのがこれだ。古くさいNHKのドキュメンタリでも撮ってればいい。自分の思い入れだけの深刻ぶった青春もの。すぐ公民館で車座になって話し合いする、あれだよ。村の青年団の寄り合い。あんたにはそれがお似合いだ。

監督と同じ生き方をしている人は共感するかも知れない。俺はそういう奴らが大嫌いだ。監督は試写を見て泣きそうになったそうだ。気持ち悪い。オナニーじゃん!!!!!最悪の表現で罵っておく。

香椎由宇さんの美貌だけが際立って、「掃きだめに鶴」とはこのことだ、と思った。それ以外、見る価値なし。この駄作を見てしまったことは早く忘れて、香椎由宇さんの次回作に期待したい

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「リンダ リンダ リンダ」 必見!香椎由宇さま。

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2005-07-13 22:38:00

テーマ:(ら行)

絶対、見に行く「リンダ リンダ リンダ」

「ローレライ」はついに見ることが出来なかった。残念だ。香椎由宇さまの美貌をスクリーンで見たかった。

美女。音楽もの。俺のツボだ。
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予告を見たが、香椎由宇の美貌のスケールが、ちゃちな女子高生姿にはおさまりきれない感じがする。浮き気味。声の落ち着いているところもいい。俺はブルーハーツも好きなので期待したい。 

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「OASIS・オアシス」 夢のような美しさ

2005-06-15 17:07:20

テーマ:(あ行)(う゛)

不器用な恋愛映画だ。

刑務所から出たばかりの主人公と脳性麻痺のヒロインが出会い交際をする。荒くれ者の主人公は自分を満足に説明できない。ヒロインも言いたいことはたくさんあるのに身体の自由も言葉の自由もない。
      oasis1
交際の始まりも不器用で、まるっきり犯罪と言ってもいい。お互いの駄目さ加減を受け入れあって二人は恋愛関係になる。

脳性麻痺のヒロインを主人公はあちこち連れ出し、ぎくしゃくしたデートを重ねる。韓国の家族社会の悪い一面も描かれる。露骨な差別意識の強さも描かれる。

ほのぼのとしたユーモアがあり、陰惨な感じは受けない。不器用のあまり引き裂かれる二人だが、希望を残しす終わり方に感激した。

ヒロインが思っていることが映画でしか出来ない方法で示される。この場面が作品の命だ。
          oasis1
俺にも能性麻痺の友達がいるが、そいつに日頃、俺が思っていることを、はっきり映像で見せてくれた。

この場面のために、おまえら、この映画を見ろ!!

韓国の俳優の気合いも見ろ!!脳性麻痺の演技には言葉を失う。ハンディを持った人に敬意を払わなくてはこの演技が出来ない。俳優として最高度の演技力が発揮されている。

作品ごとに全く別人に成り切る男優もすごい。そのような俳優が日本にいるか?

韓国の国策映画産業、あなどりがたし!!!

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「ミスティック リバー」 アイリッシュネスの表現

2005-06-18 01:00:10 テーマ:(ま行)

ショーン・ペンの肺腑をえぐる演技が素晴らしい。「オペラ座」でクリスティーヌを演じた、エミー・ロッサムが娘役で出て、初々しい美しさを見せる。あの娘を殺されたら、俺だって死ぬほど苦しむ。
emmy1 Emmy2
東ボストンの貧困地区。アイリッシュの住む地域。ショーン・ペン演じるジミーは、その地域のアイリッシュを体現している。

信仰はカトリック。下の娘の聖体拝領を大事にしている。前科のあるチンピラだ。仲間のアイリッシュたちも気が荒い。酒飲みだ。飲んでいる酒はたぶんアイリッシュ ウィスキィ。背中に大きな十字架の入れ墨をしている。腕からはみ出す模様はおそらくケルト文様というのだろう。娘の墓の模様もケルト編み模様を注文する。

これらの「アイリッシュネス」表現は目を引く。クリントは、アイリッシュに思い入れがあるのだろうか?クリントの現婦人の名前は「マギー」だそうだ。アイリッシュであろう。

話は、主人公たちの少年時代にさかのぼる。

東ボストンの路上で、仲間のジミー、デイブ、ショーンの3人でボール遊びに興じている。不審な車が傍に停まり、2人の男が、3人の内からデイだけを車に乗せ走り去る。数日後、デイブは暴行を受け、無残な姿で発見される。

それから25 年。同地区でジミーの娘が無惨な死体で発見される。捜査を担当するのは、今は刑事となったショーン(ケビン・ベイコン)。やがて捜査線上にデイブ(ティム・ロビンズ)の名が浮かぶ。
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デイブは、なにもかも怪しい。ジミーの娘を殺す動機は不明だが、事件のあったその夜、血まみれで帰ってきた。誰かを殺したかもしれない、と言う。デイブの妻は夫を疑う。それが悲劇をいっそう悲惨なものにする。
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ショーンも家庭の問題を抱えている。友人が被害者で、加害者。その事件を担当する自分。さまざまな軋轢に苦しむ。

クリント・イーストウッドがベストセラー小説を映画化したものだ。俳優の演技のうまさは比類がない。

しかし!この作品はつまらない。

俺の好みでしかないが「トラウマ」ものが厭なのだ。おかしな行動、犯罪の動機に、悲惨な少年時代の体験を重ね合わせる考え方が安易で厭だ。なんだよ、それかよ、と思ってがっかりする。

この作品も、悲惨な小児虐待が重要な鍵になり、「トラウマ」を持つデイブの言動が悲劇を生み出す。社会の大問題だが、その社会性に足を引っ張られて、映画として見たくないものになってしまった。

事件の真相を知って、いっそうやりきれなさが残る。ありがちな、意味のない悲劇なだけに、見たくない、と感じた。

アカデミー賞は「社会問題」が好きだから、この作品も賞を得た(?)が、「ミリオン ダラー ベイビー」を見た目から見ると、この作品の欠点が大きく見えてくる。

思い切り傲慢なことを言う。この作品は見所が多い立派な作品だが、俺は嫌いだ。

クリント、ごめん。愛してるよ!!

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「モンスター」 何が彼女を駆り立てたのか?

2005-06-30 17:55:49 テーマ:(ま行)

連続殺人犯、アイリーンの話。

幼児期に近親者から性的虐待を受け続け、13歳から娼婦として金を得ていた主人公。実在のアイリーンの写真も見たが、すさまじい人生だ。裁判の場面の写真だろうか、目を見開き「怒り」に満ちた顔をしている。

"rage"

これこそアイリーンの衝動のもとなのだ。

この役を演じようと思いたち、体重を13キロ増やし、特殊メイクをして「妖怪」の容貌になった、シャーリーズ・ セロン。何が彼女をここまで突き動かしたのか?こちらの方が謎だ。

この美貌ですよ。 セロン1
     Monster monster


美女の気持ちは推し量ることが出来ないが、この役に挑んだシャーリーズ・セロンのなかに、破壊衝動のようなものを見るのは穿ちすぎか?それほどまでに、この演技はすさまじい。主人公の rage がリアルに伝わってくる。

シャーリーズ自身、生い立ちに悲惨な出来事を負っている。そのことと、この作品とは無関係ではあり得ない。強烈な自己確認をこの作品を通して行ったに違いない。この作品はシャーリーズ・セロンの病理と回復に必要な治療であった。

クリスティーナ・リッチの、無垢で無神経な女の演技にも見るべきものがある。

無防備で、気まぐれで、自分勝手なものこそ、愛すべき存在だ。振り回され、裏切られ、どっぷりと依存しされる。一人ではなにもできない。どんなに面倒を見てやっても、感謝の言葉すら言わない。

そんな女は嫌い?

俺は可愛くて仕方がない。なんとしても、その女の気持ちをつなぎ止めておきたい。言いなりになる女なんか、つまらない。これほどまで駄目な俺にどっぷりと依存してくるわがまま女。愛しい。可愛い。裏切られてもいい。いま、ここでこうしていられるなら。

観覧車の場面はそのような気持ちが錯綜して涙があふれた。

表現はすさまじいが、この映画はラブストーリーだ。シャーリーズ・セロンの壊れっぷりと、クリスティーナ・リッチの愛らしさを見る作品だ。

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イギリス地下鉄ホラー「CREEP」(「0ジ34フン」)

2005-07-31 00:34:00

テーマ:(ら行)

なぜ見たのかは聞かないでくれ。

気持ち悪かった。不潔なのと、グロテスクなのとで嫌になる。恐怖の場面も日本のホラーを見ているので、少しも驚かない。声をひそめておいて、いきなり大声で「犯人はお前だ!!!」とやるネタがあるでしょう。あんな感じで読めちゃうんですよ。高校生女子が5人ぐらいで見に来ていたが、だれも一言も悲鳴を上げなかった。いいサンプルだと思って観察していたのですが。。

ホラーとして語ってもしょうがないので、映画から見えるイギリス社会のあれこれを書き留める。

地下鉄ホームに取り残された主人公の女性が恐ろしい目にあう話。最初の敵が、仕事の仲間でコカインを常用するような男。イギリスでは合法なんだ。そいつが、主人公を地下鉄の駅で待ちかまえていてレイプしようとする。頭悪いよ、まったく。スーツ着て、コカインをきめながらだよ。そんな社会なのかよ。

地下鉄のチケットを買うのがめんどくさい。高額紙幣で買えない機械があって紙幣両替機に行け、とか言われる。で、そーゆー場所には乞食がいて、半日パスを売りつけたりする。もちろん終電近くだし、得か損かは値段によるのだが、めんどくさければそれを買ってしまえばいい。

ここで主人公のサラリーマン階層の行動を見る。1.5ポンド、という言い値を20ポンドで買うのだ。この女、何かというと財布を出して、相手を動かそうとする。そのチケットを買おうとした別の女は、負け惜しみに、違法よ、とか言う。負け惜しみを言うところが、イギリス女性、という感じがする。それも、違法だ、という言いぐさが。

地下鉄駅構内のちょっとしたスペースにホームレスが住んでいる。ぴっぷぴっぷしゃべるスコットランド訛りだ。なるほどね。下層階級はスコティッシュなんだ。その男に、50ポンド出すから、警備員室に連れて行け、と命じる主人公。金ですよ。ホームについて、さっきのレイプ男を線路から引き上げてもらうために、もう50ポンド払うわ、だって。すごいね。こんなに金を貧乏人にくれてやる映画ははじめて見た。

最後に、助かった主人公、地下鉄のホームに、泥まみれ、ぼろぼろの格好でへたり込んでいる。始発電車に乗る通勤客の足が見え、仕立ての良さそうなスーツの男が近寄ってくる。「May I help you?」じゃないんだよ。手に何枚か入れたコインを女の脇にすっと置いていくだけ。格好いい!乞食に金をやるマナーを見たよ。日本もそのうち、イギリスのようなすさんだ社会になるだろう。そのとき、ホームレスに格好よく金を置く仕草を見た。

この映画で殺されるのは、汚い下水道の現場作業員の白人、その仕事に就いたばかりの前科者黒人、スコッティッシュ・ホームレス二人、コカイン・レイプ野郎(白人サラリーマン)、電車の運転士、駅のどうしようもない警備担当者、おそらく元医師。

主人公の白人はドイツ系と言っていた。こんなところで。。。

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「FOLLOWING」 才人 Christopher Nolan

2005-07-08 21:28:17

テーマ:(は行)

冒頭、箱に、写真、現金、小物などを丁寧に入れるのが見える。物語の鍵が詰まっている。モノクロも雰囲気を盛り上げる。
  following2 following
作家志望の怠惰な男。暇にまかせ、他人を付け回す。他人の生活を垣間見て、作品の取材をする、というのが言い訳だ。特に悪意はなかったのだが、ある男に感づかれ、思いもよらない状況に放り込まれる。

バットマン・ビギンズの監督、クリストファー・ノラン。「MEMENTO」の前の作品、「FOLLOWING」。

「The following is my explanation・・・・・」から始まる男の独白で話は進む。警察の取り調べの供述のようだ。「MEMENTO」ほどではないが、時系列が巧みに動かされ、サスペンスを生んでいる。

出来事自体は普通のことなのだが、時系列を組み替えることで先への興味がつながっていく。出てくる女優の顔立ち、雰囲気も白黒フィルムにぴったりだ。昔のフィルム・ノワールを思わせる。

following と言う言葉は、尾行する、あとに従う、追随する、真似するという意味がある。この物語でも、追跡する者だった主人公が、ある男の犯罪の「手口」を真似し、その犯罪に同伴し、後継することになる。

「手口」は、method だ。バットマンでも、この監督は、いままでの「手口」を使っているのだろうか?興味がある。ぜひ見に行って確かめたいと思う。

警察で供述している主人公は最後まで自分の状況がわかっていない。事件の全てを語り終えて、見ている俺にも事態が分かったのと同時に、男も自分の置かれている状況を正確に把握する。 この構成がうまい。

クライム・サスペンスの傑作だ。「MEMENTO」とともに見るべき作品だ。バットマン・ビギンズも見るが、この作品もいいぞ!!おまえら、見ろ!!!!
     NOLAN Christopher Nolan

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「MEMENTO」 MEMENTO MORI  常に死を思え!

2005-07-08 18:59:43

テーマ:(ま行)

憎むべき相手を主人公が追いつめ殺すところ、しかもその「逆回し」で作品は始まる。ドストエフスキーの「罪と罰」にヒントを得た「刑事コロンボ」のように、殺された人物と、殺した人物を、観客ははっきり目に焼き付ける。

倒叙型ミステリの語り方だ。

殺した人物が、なぜその人物を殺すのか解らない。主人公の記憶に障害があって10分間しか記憶を保てない。この設定が、サスペンスを生む。

「MEMENTO MORI」。ラテン語の格言で「死を思え」あるいは「死を銘記せよ」。
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「MEMENTO」は、ラテン語で、記憶する、銘記する、の意味だ。英語の memory の語源だろう。

17世紀栄華を極めたスペインの肖像画や静物画に、髑髏や砂時計が書かれているのを見る。「死」の象徴だ。

「静物画」そのものも死を表す。

そこにある「静物」は、美しく生き生きと画布に写し取られているが、絵画を見ている今、すでに果物も花もそこにはなく、死に絶え、枯れ果て、跡形もなく消え去る。絵画は、生の痕跡でしかない。

人間の存在もそのようなものだ。肖像画も同じこと。死にゆくもの、人間。当時の肖像画には好んで髑髏や砂時計、鎌を持った死神が書き入れられた。これが、その時代のモットー「MEMENTO MORI」である。

人間、いずれ死すべきもの。英語で mortal 。人間を表す言葉だが、まさに「死ぬ者」の意味だ。

主人公の記憶できる時間の単位に合わせたように、映画は小刻みに時間軸が戻っていく。一つ時間の区切りが戻るたびに、謎が解き明かされ、また新たな謎が提示される。

記憶を保つため、主人公がとる方法が面白い。紙に書いておくと、なくしたり、整理出来ないので、身体に刺青を入れる。
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主人公には、憎むべき男と、憎むべき理由があるのだが、本当はすぐに忘れてしまう。常に、敵に対する憎悪をかき立て、敵の「死」を思い続けなくてはならない。そうしなくてはいけない、強い理由がある。

主人公の気持ちを思うと、切ない気持ちになる。そもそも、そのような記憶の障碍を持つようになったのも、憎むべきそいつのせいなのだ。
MEMENTO
最後までサスペンスは持続し、つぎつぎに展開する意外な出来事に我を忘れる。監督は優れた才能の持ち主だ。
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小刻みの時間軸の逆行は、この物語を語る上で不可欠な手法だ。DVDに、この作品を時系列に沿って順次進行に編集したヴァージョンが入っている。これを見ると、記憶の障碍からくるサスペンス場面が、逆に大爆笑になってしまう。

それはそれで楽しめるのだが、逆行編集が、どれだけこの作品には必要な手法であったかが解る。この語り口しかないのだ。「SAW」や「CUBE」のように、マニアックに奇を衒って、どうだすごだろう、と言っている映画とは大違いだ。

同じ監督の、「FOLLOWING」も続けて見た。これもまた優れている。どちらもおすすめ。

頭のいい作品とはこのような作品をさす。

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「逆境ナイン」 小粒な馬鹿馬鹿しさ

2005-07-25 19:19:09

テーマ:(か行)

野球部キャプテン、不屈君が「恋」のダーク・サイドに落ち込んでいくところに一番共感した。恋していると、苦しく無益な時間を過ごす。勘違いの片思いなのに。あの勇者、不屈君が「恋」のために全くの腑抜けになって、渋い柄のアロハを選んだりしている。「恋する男」の駄目さ加減が描かれる。
        gn1
堀北真希を見たくて劇場に足を運んだ。真希ちゃんは可愛くて本物の高校生のようだ。主人公をはじめ、他の登場人物は高校生に見えない。子供と大人が一緒にいるので真希ちゃんの子供っぽさがいっそう強調される。真希ちゃんは可愛いけれど子供っぽい可愛さだね。高校生には見えない不屈君が恋に落ちる相手としてはちょっと。。ま、恋は盲目ですから。遊園地のエピソード、爆笑しました。この場面の真希ちゃんがいい。
        
風吹きすさぶ校庭にカラカラとエアー・プランツが転がり、ギターのAmが聞こえるマカロニウエスタン仕立て。クリントの若い頃の作品を思い出す。用心棒シリーズの冒頭だ。

音楽のデザインがいい。ワーグナーの楽劇システムを使い、登場する人物たちに合わせた音楽が用意されている。野球部はマカロニウエスタン。サッカー部は、サンバ。校長は尺八。それぞれにテーマがある。日の出高校の登場には笑った。作品冒頭に聞こえた「ツァラトゥストラ」のCの持続音が、音楽として解決する場面も笑った。意図して音楽を使っていることがはっきりした。「2001年宇宙の旅」の引用だ。
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颯爽と登場する不屈君は男前で面白い。悲壮で大袈裟な演技がいい。野球部のメンバーも面白い。眼鏡の「くいだおれ人形男」坂本真 が可笑しい。「花とアリス」「電車男」にも出ている。内山君の後輩のデブタレ も追ってきているねえ。松村、石塚もうかうかしていられない。パパイア鈴木もか。

CGの技術も高度なものらしい。懲りに凝った珍妙な場面が惜しげもなく過ぎ去っていく。漫画の詳細な書き込みを、なめるように見ている気分。牛が地面ごと盛り上がっていくのが目についたが、もっといっぱい捨て画像が入っているだろう。DVDで見る楽しみがある。

これだけお膳立てがあるが、物語が止まっている。甲子園に向けて駄目野球部がなんとか勝ち進むというステレオ・タイプに飛躍がなく、単調だ。後半の展開ものろのろと、連載の引き延ばしのような場面が続き、退屈した。

野球の魅力が感じられず、なんの感動もない。堀北真希ちゃんの昔風純情少女もいいが、サッカー部の女の子たちのほうが断然魅力がある。日本の不思議な野球のありかたの限界を、ありのまま描いている作品とも言える。
         kita2
         kita
DVDで見れば十分。堀北真希ちゃんを独り占めに出来るし。大画面で見る意味が感じられなかった。他人より早く見た、という優越感のみ。

あ、マニアに付け加えると、堀北真希ちゃんの制服姿&メイドコスプレあり。私服の遊園地(可愛い)、不屈君の妄想場面の水着(!)など、見所満載。俺は実は萌えなかった。子供っぽすぎて。普通の高校生としての可愛らしさはあるけどね。これからに期待して見守りましょう。

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「ブラック・メイル 脅迫」 つ、つまらない・・・・。

2005-12-06 19:00:45 テーマ:(は行)

気が滅入って、スカッとした頭のいいクライム・サスペンスを見たくなった。キャメロン・ディアスが出ているというので見た。
ジェネオン エンタテインメント
ブラック・メール 脅迫

これが最悪。舞台になるオクラホマ州のタルサに行ったことがあるので懐かしいかな、と思ったがそんな風情もない。久々に時間を無駄にした感じ。怒る気力も起きない。原題は「Keys to Tulsa」。内容はこのタイトルの方がふさわしい。「鍵」が話のkeyになる。ちっとも効果は上がっていませんが。邦題は良くない。


キャメロン・ディアスは冒頭から出てくる。この人は、「メリーに首ったけ」しか可愛くない、という評判で、この映画でも不細工モードで出てくる。不思議な女優さんですね。「イン・ハー・シューズ」も見たいのだけど時間が取れない。


キャメロン、ちょっとイケてるかと思ったらひどい表情。まるっきり馬鹿で勘違いで頭が空っぽの女の子を好演している(笑


キャメロンの出番はそれだけ。おいおい。


物語はそこから始まる。主人公は、タルサ・ジャーナルというさえない新聞社の記者。金持ちの息子で、社長のお情けで雇ってもらっている。ろくに仕事もしていない。自由になる金もろくにない。


幼なじみの大金持ちの娘と結婚したチンピラから「ゆすり」をもちかけられる。その幼なじみの女とはと今も心を通じ合っている。


殺人を目撃したジャンキーで売春婦のストリップ・ダンサーのネタで、ゆすろうというのだ。犯人は大金持ち。主人公の仲間かもしれない。チンピラは犯人を知っているが、主人公は知らない。そこがサスペンスを生み、別の「ゆすり」が生まれ、とか展開していくように思うが、ちっとも話は弾まない。


ストリップ・ダンサー役のジョアンナ・ゴーイングは黒髪の暗い顔立ちのスレンダーな女の子で、ちょっとひかれる。必要以上のセックス描写や裸の場面があって、この映画の品格を示している。


ジェイムズ・コバーンが、ペリー・メイスンのような雪だるま体型で憎らしい町の顔役を好演している。ロニーというチンピラ役ジェイムズ・スペイダーがいい味を出している。


ぐったりするほどつまらない映画です。


でも、本当においしいものを知っている人は、厭と言うほど不味いものも食べたことのある人だ。音楽でも、下手くそな演奏を下手くそだなあ、と楽しみながら味わうことが出来る人こそ本物を聞き分けることが出来る。誰にでもわかる一級品といわれるものしか見聞きしようとしないのは、げすな成金趣味の俗物根性だ。


なにごとも経験。下手くそ、不味いものを味わってこその人生。そう思ってこの映画のことは忘れることにする。

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「大地震」災害パニック映画に激しく動揺する。

2005-10-20 00:52:18

テーマ:(た行)

死にそうになったことがある。小学校5年の夏、河原で遊んでいて上流のダムの放水に巻き込まれたのだ。親戚の家の裏手を流れる川で、小さい頃からの遊び場だった。

広いコンクリートの河床に扇状に水の幕が幾重にも広がる。音はしない。あれ?っと思う間もなく激流が押し寄せ、川幅いっぱいに波しぶきが立つ。横の石垣にしがみつくのがやっとだった。折しも大粒の雨がバタバタと降りつける。足許が滑りそのまま流れに転落する。

死ぬ、と思った。泳ぎが得意だったこと、下流に広い場所があることを知っていたことから、自分に「おちつけ、おちつけ」と言い聞かせ、ゆっくり平泳ぎで対岸に泳ぎ渡った。ここが、いつ話しても人から嘘だ、といわれるが本当だ。

今でもはっきり、水の広がっていくさま、激流に巻き込まれた時の川の波立った水面、水中を記憶している。映画「大地震」に、広いコンクリートの水路に水が広がる場面がある。初めてその場面を見たとき、心臓が高鳴って激しく動揺した。いまでも、田舎道を歩いていて、コンクリートの側溝に勢いよく水が流れてきたりするのを見ると心臓が躍る。怖い。この映画はその意味で俺の最も怖い映画かもしれない。

昨年末の津波の映像は恐ろしいものばかりだ。穏やかに晴れた渡ったリゾートに音もなく高波が迫ってくる。直前までカメラで撮影したり、眺めて談笑している。波が目の前の堤防を乗り越えただならぬ勢いだと気づいてやっと逃げ出す。シュールな映像だ。現実の出来事とは思われない。

ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
大地震

ペトロニウスさんの記事を見て思い出しました。記事にしました。

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「ADAPTATION」 奇想コメディ。

2005-07-17 23:19:19
テーマ:(あ行)(う゛)
「適応過剰」がこの作品だ。蘭に取り憑かれた男を描いた実際のベストセラー「蘭を盗む者(THE ORCHID THIEF)」の脚本を依頼された脚本家が苦しんで作品を仕上げることを描いた、メタ・フィクション。
          THE ORCHID THIEF
脚本家は、どのようにこの美しい本を映画にしていいのかまったく糸口がつかめない。原作者スーザン・オーリアンは雑誌「ニューヨーカー」のライター。バリバリのインテリだ。メリル・ストリープが貫禄で演じる。
         メリル
「マルコビッチの穴」で話題になり、天才と騒がれた脚本家チャーリー・カウフマンが脚本を書いた。最近では「エアターナル・サンシャイン」の脚本家だ。

主人公は、脚本家本人。ハゲでデブで野暮。女にまったくもてない。ニコラス・ケイジが演じている。念の入ったことに、映画の中のカウフマンには、脚本家の双子の弟がいる。ニコラス・ケイジが二役だ。このような設定こそがこの作品の「思いつき=奇想」なのだ。二人のやりとりが映画を進めていく。
        カウフマン
原作に登場する蘭に取り憑かれた男、ジョン・ラロシュ。無学でかさつだが、魅力ある人物をクリス・クーパーが好演する。しきりに、「映画になったら俺の役は誰がやるんだ?俺にやらせろ」と言い張るのがいいギャグだ。
        ラロシュ
ニコラス・ケイジがかっこ悪い。演技がうまいのか下手なのか、最後までわからない。この人は俺の好みに合わない。どう見ても、ニコラス・ケイジが変なかつらをかぶって、変な役を演じている、としか見えない。
        adp
それはともかく、脚本家が「まったく書けない」ネタで、さまざまな笑いを作っていく。双子の弟が、調子よく、ハリウッド・スタイルの陳腐な台本で評価されてしまったり、弟の紹介で、チャーリーも脚本の書き方セミナーに参加して、指導を受けたり。

女にもてないネタもふんだんに入っている。付き合っていた彼女に振られ、ダイナーで親切にしてくれた女の子に声をかけたり。。。妄想はするのだが。。。
         本人
         (ニコラス・ケイジと、本物の原作者スーザン)
平行して、原作の世界が描かれる。ラロシュのくだらなさと魅力に取り憑かれていく、スーザン。自分も何かに取り憑かれてみたい、と夢想するようになる。
         あし
脚本のコツを教えてもらったカウフマンは、いよいよ、仕上げに取りかかる。スリル!カー・チェイス!殺人!セックスとドラッグ!!とんでもないことが次々に出来し、登場人物たちはそれぞれひどい目に遭う。双子の弟の身の上にも重大な出来事が!!!

でもよく考えると、全部が全部作り物で、パロディなのだ。そのはちゃめちゃぶりを、驚きながら大笑いできたらこの作品の世界をキャッチしたと言うことだ。

終わりのシーンも書き上げた。終わりよければすべてよし。セミナーでならったとおりだ。

才人のお遊びに付き合いきれるかどうかが評価の分かれ目。俺は、大好きな作品だ。「適応過剰」について触れられなかった。気が向いたらその角度から書いてみよう。

物好きは見ろ!「エターナル・サンシャイン」もよかったぞ。奇想の人、カウフマンは注目だ。

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「奥様は魔女」 笑いのカルチャー・ギャップ

2005-09-03 16:34:44

テーマ:(あ行)(う゛)

ウィル・フェレルのギャグがよくわからなかった。アメリカ人には可笑しいところがあるのだろう。笑いには厳然と国境がある。人種差別ネタで笑われている人種は、そのネタで笑うことが出来ない。

日本にも東西のギャップがある。関西で人気のある「探偵ナイトスクープ」は、東京圏では話題にすらならない。所ジョージは関西ではどこが面白いのかわからない、と言われる。実際、テレビの所ジョージは面白くない。

ラジオでいい加減なことを言っている所ジョージが好きだ。その昔、オールナイトニッポンでしゃべっていた所ジョージと変わっていない。TBSの月曜日夜9時からの「所さんのブクブクゴシゴシ!」 の出鱈目な所ジョージがいい。

関東三大いい加減男。高田純次、なぎら健壱、所ジョージはみんな面白い。三人で、往年の植木等、一人分だけど。

関西では、やしきたかじんとか、嘉門達夫とか、俺はよく知らないがやっぱりカリスマっぽい芸人がいるのではないか?関東では今ひとつその面白さが伝わってこない芸人。

笑いには微妙に伝わる、伝わらないがある。「奥様は魔女」を見て、そのようなことを思った。アメリカで、あるコンベンションに出たとき、全員大爆笑しているのに、ぽかんとさせられることが何度もあった。言葉がわからないのみか、笑っている可笑しさがまったくわからない。苦しい。説明を聞いてもわからないし笑えない。笑いを共有するというのは、交流レベルとしてかなり上位のことなのだな、と思った。

面白かったのは、アメリカ人でもギャグがピンとこなくて、ぽかんとしている人がいることだ。言葉はわかってもギャグのツボがキャッチできない。手を頭の上にかざして、後ろにすり抜ける仕草をして、ジョークが頭の上を通り過ぎた、と言って笑っていた。

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「奥様は魔女」ニコールがカマトト。小粒なコメディだな。

2005-09-02 01:22:35

テーマ:(あ行)(う゛)

冒頭、ロス・アンジェルスの俯瞰が見られる。HOLYWOODのサインを真上から見られる。曲がりくねった山道(マルホランド・ドライブかな?)、椰子の並木のある道路、まっすぐな道が延びる夜景、町並み。魔女の視線で上空から地上に降り立つ場面だ。ワクワクする。

ニコールがサマンサをやる! それだけで見に行った。見たらそれだけの映画だった。ニコールはカマトトの演技をしている。素人女優の役どころだ。世間のことがわからない。だって、奥様は魔女だったのです・・・・・・。

ニコールはなんでこんなとろい演技が出来るのか不思議なくらい、頭が悪そうな女を演じる。それが可愛いと言えば言えるが、ぶりっこすぎるなあ☆
        bw
懐かしいテーマ音楽とアニメイションが見られる。子供の頃、ワクワクしながら見た。俺が覚えているのはシリーズ後半、タバサちゃんが生まれた頃からだ。タバサ、なんて言う名前、面白いな、と思った。スティーヴン・キングの奥さんが、タビサ・キング、と言うのを見て、そのことを改めて思い出した。

サマンサのお母さんが怪しい。どこかで見た人と思ったら、シャーリー・マクレーンだ。ワイルダーの「アパートの鍵貸します」のキュートな女の子が、本格の魔女を演じ(?)ている。もしかしたら本物かも知れない。素のように見える(w
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ダーリン役の、ウィル・フェレル。大根役者の演技がものすごくうまい。もしかして素?コメディアンだそうだ。魔法のせいで、台詞がおかしくなる場面で、さまざまな訛りや物まねが入っていて、知っていれば爆笑だろう。俺にはなんのこっちゃ、と言う感じ。シェイクスピアの台詞風と、ヒスパニック訛りの真似がわかったぐらい。

普通に恋愛をして、普通に家のペンキの色のことで夫婦で言い合いをして、普通にお金を稼いで暮らしたい。それがニコール演じるイザベル・ビグローの願い。魔女であることを捨てて人間として暮らしたい。イゼベルは、イスラエルの最悪王エイハブの奥さんの名前。聖書業界では大悪女の定番の名前。魔女の名前にふさわしい。
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ウィル・フェレル演じる、ジャック・ワイアット。名前がなんかふざけてる。ワイアット・アープは有名な保安官じゃないか。「カトマンドゥ」とかいうへんてこな映画で大コケして落ち目になった俳優。落ち目ぶりがおかしい。オーバーアクションで落ち目なのも無理がない、と思えるからね。

ジャックの元に「奥様は魔女」のリメイクをしようという話が持ち込まれる。サマンサ役の新人女優を探しているうちに、イザベルに出会い・・・。というひねった作り。魔女役が実は本当の魔女だったのです・・・・。

ニコールが、「I'm a whitch」と言うのがたまらなく可笑しい。役の上で言うのだが、魔女を演じている魔女の役をやっているニコールが、俺には魔女に見えるからだ。俺はニコールの魔術に翻弄されている。

番組製作の雰囲気が面白い。公開収録で、生の舞台に観客を入れて客席の反応も番組に反映される。「アイ・ラブ・ルーシー」などと同じ、昔のコメディのスタイルだ。

俺は十分楽しんだ。ニコールを見たい人、「奥様は魔女」に多少なりとも思い入れのある人は見たら面白いだろう。番組に係わる細かいネタがたくさん入っている。すっかり忘れていたさまざまな「お約束」を思い出し嬉しくなった。

全体に小粒な映画なので、DVDで見ても楽しめる。劇場で1,000円で見られるなら見てくれ。

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「ロスト・イン・トランスレイション」 わかるなあ☆

2005-08-16 16:40:33

テーマ:(ら行)

「恋」に落ちることはいつだってある。「恋」に何か下心があるのではなく、はっと気が付くと「恋」に落ちている。年齢や状況にかかわらず。

ビル・マーレイ演じるしょぼくれた中年男。なじめない奇妙な町、東京に来て、途方に暮れる。同じ東京のホテルでよく見かける若い女。スカーレット・ヨハンソンが儚げに演じている。結婚二年目で夫の仕事について来たが、ほったらかされてばかり。孤独感にさいなまれている。
     LIT
少しづつ交流が生まれ、いつしかお互いを意識する。この、ぞわぞわする感じが巧妙に描かれている。俺も男だから、スカーレットが気になって、だんだん意識していく心理が手に取るようにわかる。
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絶対にスカーレットに手を出してはいけない。抑制する心。エレベータの中の距離。ほんの少しの接触。おやすみ、と言って、ドアを閉める気持ち。同じベッドで横になっても、触れないようにする配慮。(でもちょっと触るけど)。手の届くところにある「智恵の木の実」を手に取ることは許されない。

本当に「恋」してしまうと、すごく苦しいものだ。それが、若者たちの祝福された関係なら問題はない。片思いであったり、避けるべき関係であったりすると苦しみは増す。

そのことがよくわかっているので、自制するのが大人だ。安っぽい90分サスペンスのように、恋に狂い、すべてを破壊し尽くす物語もあるだろう。世間の痴話げんか、怨みによる殺人、不倫の末の家庭崩壊など、自制心を欠いたくだらない物語は掃いて捨てるほどある。

その際どいところを、どのようにやり過ごすかが見事だった。別れがたい。でも離れなくてはならない。言い残したこと、未練が残る落ち着かない気持ち。ぞわぞわしっぱなしだ。切ない気持ちがわいてくる。どうしたらいいのかわからない。理性ははっきり「さよなら」を告げている。

映画を見てください。

最後の場面で、主人公の二人が味わう「これでよかったのだ」という思いが、見ている側にも涌いてきます。ほろ苦いけれど満足です。これでよかった。俺は納得した。これでいいのだ。俺もこうしよう♪
     LIT2
俺のよく知っている東京の風景が背景だ。外国人が味わう日本のカルチャー・ギャップねたも面白い。外国人にとっては、爆笑のコメディだ。仕事で外国人を連れて東京を歩くが、彼らの見る東京はこんな感じなのだろう。地下鉄の表参道のホームにスカーレットが立っているなんて!ヨドバシカメラの前を歩く二人とか!!シュールな感じがします。

ホテルのロビーでお別れする場面でエレベータが閉まるところ、凝った映像で素敵でした。

エンド・ロールの最後に、いかにもアメリカ男が好みそうな、skinny asian girl の笑顔が出るのがご愛敬。ステレオタイプだなあ!

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「Land of the Dead」 生きて歩く死体

2005-09-02 19:41:51

テーマ:(ら行)

まったくこの前見たゾンビ映画のような状況がいまも起こっているのだ。改めて思う。俺にとって、映画と事件事故報道に差はない。どちらも現実の一面を映し出し、娯楽として消費する。たとえ、下品なゾンビ映画ですら、これほどリアルに現実を捉えていることに感慨を覚える。

この映画を見たことは記事にすまい、と思っていた。だってかっこ悪いんだもん。悪趣味なゾンビ映画なんか見るの?って思われないかな、って。でも、今度のは、ジョージ・A・ロメロ監督の、悪趣味にも念が入った作品だと言うことで、見たんです、はい。前作の「ドーン・オブ・ザ・デッド」もDVDで見ました。悪趣味です。

夏休みに行ったのだが、混んでいる。この手の映画は人気があるようだ。子供のカップル(高校生ぐらい?)が多い。子供は悪趣味なのか?あ、俺が悪趣味か・・・。いや、俺が子供じみているのか。。。とにかくすまん。

なぜ記事にしたかというと、ハリケーン・カトリーナだ。今回の作品はゾンビたちがわずかばかり知性をつけて、人間たちを襲撃する映画なのだ。テロリストも出てくる。「亡国のイージス」のように、ゾンビ退治の要塞のような車を、寝返った傭兵が乗っ取り、街を破壊することを引き替えに金を要求したりする。現代の恐怖をさまざまに扱っている。要所要所にうわっ!!とゾンビが出てきて、ばんばん撃ち殺す。シューティング・ゲイムと同じよ、という台詞も出てくる。ゾンビが街になだれ込んでくる映像はすごかった。怖いよ、まったく。

さまざまな寓意を読み取ることも出来る。低所得貧困層、黒人やヒスパニックなどの被差別層が白人を襲う暗喩だ、とかなんとか。

漠然とした社会不安を表現しているとか何とか。蘊蓄もこじつけることは出来よう。

それらすべてを打ち砕いて、現実のハリケーン被害と、人間のあさましさに驚いている。再三、俺の記事に「ゾンビ」と書いた理由はそこにある。

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「茶の味」 『平和ぼけ』は日本のアイデンティティ

2005-05-23 16:53:14

テーマ:(た行)

高学歴帰国女子(美貌)と話したときのこと。

「ソウルにいると、皮膚に迫るような北の『恐怖』を感じるよね、男は、そういう危機感にさらされてこそ格好良く、男らしさを表現できるんじゃないかなあ」、などと、突っ込みどころ満載のぬるい議論を持ちかけた。

するとその子は「平和ぼけは日本の大事なアイデンティティですから」とキッパリ。きれいな顔でキッとにらまれて嬉しかった。その子(好き☆)に怒られるのは気分がいい。

日本の「味」を、ゆったりしたオムニバス・スタイルで描いた佳品。懐古趣味ではなく、引退したベテランのアニメイターがおじいちゃんであるような、現代の日本の話。ヒーローものヲタクも出ます。

萌え~☆な、女の子(ちょっとガイジン顔・小学生)がちっとも笑わない。俺の好きな、土屋アンナさんが、これ以上ないセーラー服姿で出てくる。
茶の味
浅野忠信の声がいい。響く低い声で、思い切りくだらない話をする。年下の甥と話す場面。子供の頃、親戚の兄ちゃんと話をしては、ふざけていたときの至福感を思い出した。

浅野忠信が、元カノと会って話す場面。ぎくしゃくしたやりとりにリアリティがある。

最後に、笑わない女の子が・・・・・・・・。思わず大笑いして涙が出た。

この作品はいいですよ。じんわり見てください。

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「血と骨」 オダギリジョーにしびれた。

2005-05-23 18:25:39

テーマ:(た行)

在日朝鮮人の「特別」な物語ではあるが、刀自をはなれ「家族」というものの姿を描いている。原作を書くことになる息子が、主人公である父親と別れる場面で特にそのことを感じる。

状況も環境もまったく違うが、俺もあのようにして、親と別れたな、と思い胸が熱くなった。

はかないチンピラ役のオダギリジョー。美しい裸身を見せる。凶暴な野良犬だ。全身に色気が漂い、男っぷりの良さは匂い立つほどだ。歌舞伎で言う「色悪」の役どころ。

たけし演じる強欲な主人公の隠し子。たけしと、血で血を洗う喧嘩をする。土砂降りの雨の中、去っていくその姿にしびれる。

主人公の在日朝鮮人が、自宅のすぐそばに囲う日本人の女。中村優子演じるその女の哀れさといったらない。

これ見よがしに、その女の美貌を見せるため、自転車で連れ回す主人公。虫も殺さぬ白い顔で、正妻の家の前で平然と囲われる女の図太さ。

まわりの人間が残酷に「あの女は、まともな死に方はしない」と囁きあう。果たして、その女の末路は悲しいものとなる。哀感の漂う容姿が心に残る。
中村優子 (中村優子)
家族それぞれ、壮烈なエピソードがあるのだが、在日朝鮮人一世たちにはことさら響くのだろう。70も過ぎて杖をついた男が、何人も一人で見に来ていた。涙にくれるその姿を見て胸を突かれた。たまたま在日朝鮮人の多い場所の劇場で見たのだ。

田畑智子演じる、主人公の娘はかわいそうだ。娘の夫を、たけし演じる主人公に殴り殺して欲しかった

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「テキサス チェインソウ」  ジェシカ・ビール

2005-05-25 21:15:07

テーマ:(た行)

「ブレイド3」「セルラー」にも出演のアイドル女優。この人を見るために見た。
ビール
映画は、鬱陶しいサイコパス一家の話。実際にあったマンソン「テキサス大虐殺」事件に基づいた、スプラッタ ショッカー。ひたすら、ディスガスティングに作られているので、悪趣味な人は見てくれ。

ジェシカ ビール はいい。すごくいいです。

「ブレイド3」「セルラー」も劇場では見逃してしまったが、DVDでじっくり見ます。
チェインソウ じぇしか

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「フェティッシュ」タランティーノの駄作。

2005-12-17 00:59:25

テーマ:(は行)

殺人現場萌え~♪の変な女の話。コロンビアの生まれで、とびきり美人のガブリエラ。ラテン音楽に合わせて、コミカルに物語は進んでいくようだが、俺は気にくわない。

アミューズソフトエンタテインメント

フェティッシュ

殺人現場専門の掃除会社。タランティーノの傑作「パルプ・フィクション」でも血まみれ現場の「掃除屋」が出てきたが、そのアイディアを敷衍したこの作品。


そのような職業はあるとは思うが、この映画では、モデルクラブと女衒のように描かれる。汚れ仕事の現場にしては優雅に美女がくつろいでいる。殺人事件現場が大好きなガブリエラが就職するわけだが、その設定にうまく乗れない。

いつも最大限の美人メイクのガブリエラ。殺人現場の掃除婦が恐ろしい美女であることになじめない。掃除をするのに、ヒラヒラのドレスの上に制服を着るだけ。真面目にふざけた映画を作っているとは思えない。事件現場で音楽をかけ、踊り狂うガブリエラ。男友達をほったらかし、おめかししたまま血まみれの床に寝ころんだりする。

ふざけながらふざけた映画を作るな!!!!ふざけるならもっと真面目にやれ!!!!

美しい、しかも珍妙なダンスのシーンですよ、面白いでしょう、と監督は得意気だが、まったく滑っている。すこしも面白くない。踊りも陶酔しているように見えないのは演技のせいでも撮影のせいでもない。

「監督がアホやから!」

俺はタランティーノには甘いのだが、この作品のすべてがわざとらしく鼻につく。俳優もいい。音楽もいい。なのに無理矢理悪ふざけをして得意になっている監督のダメさ加減しか伝わってこない。自分のスタイルに酔って、自己模倣をすると作家はダメになる。

アンジェラ・ジョーンズという女優。コロンビア出身の頭のねじ切れた女をギクシャクと演じる。目の演技がいいというか良くないというか。どう見てもサイコパスだ。美貌が一層効果を上げている。コロンビア訛りの英語もサマになっている。

終わりに「オチ」というか、ブラック・ジョークのつもりの一場面があるが、面白くも何ともない。怖くもないし、狂っているだけ。あっさり終わったのが唯一の救い。

タランティーノ好きは見て罵倒してください。それ以外にはおすすめできません。

「パルプ・フィクション」をもう一度見よう。同じ血まみれでも、ナイフと銃では質が違う。銃は滑稽だが、ナイフは笑いにつながりにくい。この映画を見てそう思った。

日本語訳の「フェティッシュ」はあまりにひどい。なにもフェティッシュじゃない。敢えて言えば「マニアック」「偏執狂」。原題は 「curdle」。血も凍るぞっとする、という意味と、カーズ(凝乳)状の血液、血糊をあらわしている言葉だろう。

「フェチ」とか言って「好き、好み」の意味で使う人が多い。本来、靴や下着など、物に固執して興奮する性の倒錯をいう言葉だろう。

馬鹿な女タレントやブログの女王とか呼ばれて喜んでいる馬鹿女が「私、ラーメン・フェチ」などというのを聞くと血も凍るような殺意を覚える・・・・・・・ほどでもないです。。。

この作品は駄作だ。女優のへんてこ演技を見たければどうぞ。他にはないへんてこが見られます。

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「古井戸」を居眠りしながらだらだら見る。

2006-01-01 21:30:52

テーマ:(は行)

「HERO」「LOVERS」で華麗な色彩世界を描く、世界のマエストロ張藝謀(チャン・イーモウ)。彼が俳優として主演している、それはもう有り難い大傑作(・・・といわれている)この作品。支那語のタイトルは「老井」。
紀伊國屋書店
古井戸

おそらく、15年以上前に見て感動したはずだが、ほとんど記憶がない。今回、テレビでやるので心して拝見しようと見始めた。

水のない支那の山奥の貧村、老井村の話。水を得るため10キロの道のりを歩いて往復しなくてはならない。老人の顔や農民の顔が淡々とドキュメンタリタッチで誠実に描かれる。

しかし、どこにも笑いがない。(そういう映画ではないですが・・)昨夜午前三時まで遊んでいたのと、今朝は7時に起きたのとで、睡魔が。。。

悲しいほど真面目な作風に完全にノックアウト!苦労の末、井戸を掘り当てる話。実話仕立て。

それしかコメントが出来ません。後半、退屈のあまり、字幕を見ながらギターを弾くという鑑賞態度。作品は素晴らしい!(・・・・きっと)

真面目な人向け。15年前の俺はこれを大まじめに見て感動したはずだ。今の俺には我慢できない。

チャン・イーモウの演技に興味のある人はぜひどうぞ。有名な作品なので一度は見ておくべきだ。紫苑さんのように真面目で若い人にはお勧め。この生真面目さは見ておくべきだよ、紫苑♪

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「人形霊」 もう少し。

2005-07-24 19:50:24

テーマ:(な行)

この映画を楽しむのにはコツがある。とにかく、イム・ウンギョン演じる人形の「生霊」に感情移入すること。主人公に見えるキム・ユミに感情移入していると、なんだか損した気持ちになると思います。

そのほかにも、いい演技をする俳優が出てくるので、期待をかけているとあっけななく・・・・・ということに。(ご想像通りなのですが)。

恐怖もそれほど感じないかもしれません。音で驚く場面はあります。不気味な人形は相当怖いかも。人形はそれだけで不気味ですが、あり得ないほどあちこちに人形が設置されているので、困ります。
       doll
   (スティル用の衣装。映画にはこの衣装では出てきません)

       doll2
         (人形のように無表情なウンギョン)
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        (ウンギョン人形を手にしているウンギョン)
       doll3
          (この場面も映画にはありません。)

余談:某映画評論家がこの映画を思い切りけなしています。その論点が、美少女が「怖いから一緒にトイレにいって」などと初対面の男に頼むのはおかしい、というのです。映画を見ているとそれはおかしくないよ。少女の気持ちを考えたら、絶対誰かについてきて欲しいと思う。直前に無惨に殺された人を見てるんだもの。それこそ評論家の「言いがかり」だと思った。それより、その「美少女」。女子高生なのだが、ファッションが思い切りへんてこ。勘違いオヤジが妄想で決めた悪夢のような衣装。かっこ悪い!俺はリアル韓国女子高生を何人か知っているが、あんなセンス悪くない。もっとも、受検が厳しい韓国では大学に入ってからデビューする女子が多く、高校生は日本人ほど身なりにかまっていられない感じですね。日本の普通の女の子たちは世界一おしゃれで可愛いと思うな、やっぱり☆

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「人形霊」 ダーク・サイドのイム・ウンギョン!

2005-07-21 17:55:43

テーマ:(な行)

古くおどろおどろしい洋館に集められる男女5人。 人形製作家のモデルに応募し選ばれた者だ。黒い服を着た人形製作家の女は見るからに怪しい。韓国映画「人形霊」 。昔懐かしいミステリ仕立てだ。クリスティの推理小説の設定。それぞれ宿泊する部屋も与えられるが、どの部屋にも不気味な人形が見張るように取り付けられている。
        youkann
この設定で忌まわしいことが起こらないはずがない。期待通り一人ずつ無惨に殺される。イム・ウンギョンは、人形の生霊として出現する。可愛い!!役名はミナという。ミナの人形も出てくる。欲しい!まさしくお人形さんの可愛らしさ!目が大きい。顔立ちが整っている。華奢な体つき。言うことない。後半、ダーク・サイドに落ちたアナキンのようなゴスロリ・メイクで、いつもと違うイム・ウンギョンが見られる。ファン必見!(俺だけ??)
        いむ5
ミナの物語はあわれで、俺は泣いてしまった。この映画で泣くとは思わなかった。不覚だ。ミナが懸命に復讐を手伝うさまは、見ようによっては笑ってしまうが、けなげとしか言いようがない(笑)。ダーク・サイド・モードのミナが過去を思い出す場面は、ファンタジーとして出色の出来です。大好きです、こういう話。
        ninngyou2
人形は不気味だ。女子は人形を捨てたり焼いたりしたことがあるだろう。俺にはそのような経験がない。大学時代、それまで係わったこともないお嬢様と付き合ったことがある。大企業の重役の娘で、絵に画いたような大邸宅に住んでいた。

その女子が、少女時代からの人形が捨てられず、高校になってやっとそれらを焼いた話を聞いた。どのように焼け焦げていったか、どのような音がしたか、どのように寂しい感情を持ったか、何度か話してくれた。俺には、金持ちも、大邸宅も、人形もまったく知らない話だったので、すべてを克明に覚えている。
         ninngyou
人形の生霊が現れる理由が語られる。集められた5人がなぜ殺されなくてはならないのか、理由も説明される。冒頭に語られる事件の復讐だ。世代を超えてその怨みは長い。韓国は儒教が生きている国なので、「魂魄この世に留まりて・・」の感覚だ。
         poster
魂魄とは、魂(たましい)と骨のことだ。儒教の死生観では、死者の世界は、いま生きているこの見える世界と同じ空間にある。同じ空間に死者の魂は存在し、骨も存在する。魂魄はこの世に留まっているのだ。だから儒教は先祖を大事にする。同じ空間にいるから。日本にある仏壇の位牌は仏教の物ではなく、儒教の札を貼る板から来ている。その板に死者の名前を書いた紙を貼り、何代だか忘れたが、一定の期間、この地上空間を共有している間、名前を忘れないようにするのだ。骨もきれいに洗って、大切に保存する。骨のある限り、死者はこの世に死んだ状態で存在していると考えるのだ。

日本の葬式仏教には、儒教や道教の言い伝え、行事がまぜこぜに入っている。お盆なんて仏教にはあり得ない。仏教は死者はその瞬間どこかに生まれ変わってしまうので帰ってなんかこれない。儒教の先祖崇拝と道教の火を燃やすなんかの言い伝えが混じっているのだ。単なる民間習俗に過ぎない。

韓国では12世紀の元寇以来、蒙古の食文化が根付いたそうだ。大皿に盛り上げた焼き肉を一族揃って食べる食習慣も蒙古流だという。

ソウルに滞在した折、行く先々で食べきれないほどの料理を用意して頂き、大いに楽しんだ。料理の皿を空にするのは失礼なのだそうだ。空っぽの皿は「足りない」「不満足」を意味してしまう。どこのプルコギの店でも、目の前の鍋にどんどん継ぎ足してくれるので、事実上の食べ放題だ。これは嬉しかった。

たくさん食べた後、一杯の冷たく甘いスジャンカを頂く。濃い味に疲れた口の中が一気に爽やかになる。韓国の食文化の奥行きを味わった。

この映画も、濃厚な味わいだ。敵が次々に現れて、一難去ってまた一難。何度も何度も恐怖を追い打ちする。

値段以上に楽しんだ。ミステリ仕立てがうまくいっている。人形にまつわる復讐譚として面白く見た。女子はほろっとすると思うよ。イム・ウンギョンに興味がある人(俺だけ???)は絶対に見ろ!!!損はない。

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「マッハ!!!!!!」絶対見ろ!!!!

2005-05-05 02:34:07

テーマ:(ま行)

女一人、役に立たない相棒一人、そして主人公。目の前の敵は20人。女と相棒はあっという間に逃げ去った。さて主人公はどうするだろう。

答え。ものすごい勢いで逃げる!!!!マッハで!!!!!

これは見ないと損する。厭なことばかりで気分が滅入っていたのだが、この映画を見てスカッとした。ムエタイ アクション映画 。主人公がとにかくすごい。身体を張ったアクションの数々に、ただただ目を見張る。

逃げっぷりがいい。すたこらさっさと、走る走る走る。人間カーアクションだ。もちろん本物の車もいっぱい出てくる。たぶん時速40キロぐらいの原付タクシーみたいなのがいっぱい。速度の問題ではない。全部スタントなしで、CGもワイヤーも使わず、生身の人間がやっている。

スポーツカーが100キロで走る、CGと編集だらけの映像より、顔がはっきりわかる速度で、スタントなしの、すれすれアクションをやったほうがリアルに怖いでしょう。筒井康隆の「五郎八航空」の世界です。

10人ぐらいに壁際に追いつめられたらどうしよう。

答え。目の前の奴の肩に飛び乗り、並んでいる奴らの上を次々に走り抜ける。

とにかく見てくれ。もっとしゃべりたいが、見てくれないと話にならない。

ヒロインの女の子が、眉がきりっとしていて可愛い。なんだかいつも薄汚れたような顔をしているが、顔立ちがきれいで好きになった。さっぱりしていいて男の子っぽい。この映画の解説で誰もこのことに触れていないのは何故だろう。大事なポイントなのに。
         ムエ3

ああ、すっきりした。面白かった。

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「ビッグ・フィッシュ」職人、ティム・バートン

2005-10-18 21:55:25

テーマ:(は行)

夢で見たような水中の映像。水の音。タイトル通りの「BIG FISH」が泳ぐ。ティム・バートン・フィルムだ。

結婚式のスピーチに父親がいつもの自慢話。1,000回も聞かされた。いつも同じオチ。あり得ない作り話で満場の喝采を浴びる。いたたまれない息子である花婿。映画を見る人は100パーセント息子に感情移入する。この滑り出しが肝心だ。

映画作家としてのティム・バートンに敬服した。嘘っぽく「クサイ」話をどのように映画にするか。最高の演出と表現技術が使われている。これが才能ある映画作家の腕の冴えなのだ。「映画」とは何か。それを強く思い知らされる作品だ。

最後の物語は息子が語る。赤い照明が父親の顔に当たるところから、涙がこみ上げて止めることが出来なかった。そこからの10分ほど、すべてのことが理解される目覚ましい場面が続く。人間には「物語」が必要で「映画」もそのためにある。予想もしなかったメッセージが蕩々と語られる。素晴らしい映像。音楽。物語。それらすべてのために流す涙だ。人生の意味と無意味を思って流す涙だ。
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中井英夫の「虚無への供物」を思い出した。反探偵小説、アンチ推理小説の傑作だ。死ぬものである人間の短く長い人生の、意味無意味を語る。

年老いて病気の父親の姿を息子の目を通して描いていく。息子は父親を愛せない。山ほど語られた「たわごと」を嫌っている。

回想の父親は常に華々しい活躍をする。野球でもフットボールでも。生まれ故郷の街では身長5メートルの「ジャイアント」から街を守る。助けたジャイアントと旅に出かける。旅先では、誰にも知られない不思議で美しい村に迷い込む。アジア人もヒスパニックも黒人もいない、理想のアメリカの村。美しい娘たち。楽しい語らい。誘惑を断ち切って旅は続く。ジャイアントとともにサーカスで仕事をする。見初めた美しい女性のためだ。苦労してその女性の愛を勝ち得る父親。幸せもつかの間、召集令状が。泣く泣く戦地に赴くが、そこでも信じられない大成果を上げる!本国では戦死したものとされ、悲しい手紙が新婦の許に届く・・・・・。
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子供時代の魔女が怖美しい。ジャイアントのくだり、理想郷での暮らし、サーカスの場面、すべてがティムの世界だ。ファンタジーに満ちている。ジャイアントのフリークぶり。白人だけの村は気味が悪いほど美しい。サーカス一座の漫画。色彩。戦地でのコメディ。北朝鮮のような共産国家への揶揄。シャム双生児の美女。

これらすべてに息子の意識のフィルターがけられている。語られる話はすべて胡散臭いホラ話にしか見えない。ほら男爵かドン・キホーテか。だんだん退屈な気分で苛立ってくる。見ている俺は息子の気持ちに完全にシンクロしている。わかったわかった、と言いたくなる。
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ちゃんと父と話そうとする息子。向かい合うが父にはぐらかされてしまう。落胆し失望する息子。誰もが息子に共感するだろう。そこがティムの演出のうまさだ。

書類を整理していて、父の別の生活を見つけ出す息子。住所を頼りにその村を訪ねる。「たわごと」に出てきた村の名前だ。やはり語られる話は氷山の一角で、隠されている物語があったのだ。

映画は見ている俺の予測を裏切っていく。語られた物語と事実は違っている。そのことは予測通りなのだが、どのように期待が裏切られるのか見て欲しい。物語と真実。どちらも大事なのだ。
     bf4
息子と父の和解物語、心温まる泣ける話、と思ったら少し違う。人の死を描いた作品だ。映画全体が「弔辞」そのものだ。誰の葬式にも使える普遍化された「弔辞」。人の一生とはこのようなものだ。ファンタジー版「お葬式」だ。見る価値がある。見て泣いてくれ!!

ウンパ・ルンパがハンプティ・ダンプティでしたね。ガムのお母さんが出ていましたね。ティム組の仕事でした。お父さんがティム・バートン自身に見えて、映画で自分の葬式をやっているようでした。

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「ダニー ザ ドッグ」 におい・音・記憶

2005-06-27 18:53:10

テーマ:(た行)

ピアノの音に喚起される記憶。瞬時によみがえる記憶。記憶とは興味深い。過去の物質を脳のどこかから取り出してくるのではない。何かの刺激を受け、過去の経験が喚起され、そのとき、その場所で、新たに体験し直すことなのだ

におい、香り、音、映像、風景、感触・・・。記憶を喚起するものはさまざまだが、俺は香りと音に記憶が結びついている。この映画でも、盲目の男が香りと音で生きていることに説得力があった。

切れのいいアクションに目を見張る。ダニーがどんどん敵を倒すのは痛快だ。
        dany
スコットランドのギャングのボスに首輪を付けられ犬のように扱われ、凶暴な訓練を施されたダニー。ギャング役のボブ・ホプキンスの存在感は絶大だ。言葉も「スコティッシュ」なのか、「コクニィ」なのか判然としないが、独特の言葉で手下のチンピラどもを怒鳴りつける。
        DANNY2
モーガン・フリーマンがサングラスをかけ、盲目の黒人調律士として登場する。ふとしたことから、ダニーと知り合い、心をかわすようになる。盲目の男は、ダニーにピアノを教え、料理を教える。買い出しの場面が面白い。材料の音を聞き、パンの香りをかぐ。盲目の男の世界だ。

ダニーは犬同然に扱われていたために、言葉も知らない。わずかに文字を学ぶ絵本が手元にあるのみだ。

「K Kiss」 「L Love」 「 M Milk」 「P Piano」・・・・

盲目の男とともに暮らす18歳の娘。事情があり、実の娘ではない。娘はダニーに言葉を教え、アイスクリームを教える。

幸福が続くかに見えたが、ギャングの介入によって新しい暮らしは壊される。ダニーを犬扱いしてきたギャングのボスだが、ダニーはその男に養われてきたため、暴力の支配を脱することが出来ない。ドメスティック・ヴァイオレンスの夫婦関係のように、共依存関係がある。
       danny3
ボスの魅力は恐ろしい。画面を見ていると、ダニーがその男の言いなりになる心理がわかる。その男の命令で人を殺すのも厭わないのがダニーだ。

ボスの支配の象徴、首輪。それをいつどのように振り切るか、それがこの映画だ。

ダニーが思い出すことになる過去に涙した。「プレイエル」というブランドは、フランスの有名なピアノメイカー。戦前、日本に入ってきたピアノもプレイエルだった。旧制中学の校史などに、プレイエル・ピアノを購入、などという記述がよく見られる。西欧文化の象徴だ。

凶悪なボスを演じたボブ・ホプキンスは素晴らしい。殺したいほど憎々しい演技をする。
         danny4
アクション場面も見る価値がある。ダニーの失われた人生の物語と、痛快アクションが入り混じった微妙なテイストの作品だ。俺は満足した。

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「The Terminal」っての見たよ。アメリア、勘弁してくれよ!

2005-07-16 18:43:36

テーマ:(た行)

ハート・ウォーミングなコメディ。アメリカの白人が東欧の小国に感じているステレオ・タイプを、トム・ハンクスが生真面目に演じる。フォーレスト・ガンプそのものだ。英語が話せないと、アメリカでは知能が劣った障碍者のように扱われる感じがよく出ている。誰も易しい言葉で話そうとしないでしょ?アメリカはそういう国だ。
          アメリア
クラコウジヤといういかにも東欧風の国名、ぼぞぼぞしゃべる、クラコウジア語、キリル文字が入った東欧文字!偽の東欧の小国の設定がよくできていて可笑しい。昔だったら、「スパイ大作戦」に出てくるような道具立てだ。冷戦が終わったので、コメディで見られるのは喜ばしい。ていうか、架空の東欧の国ってのはどうやってもコメディだけどね。

インド人の清掃作業員グプタ(!)が怪しい。食事の場面、レストランの支配人かと思えば、何故かジャグリングを見せる。これがうまい。誰なんだ?あのオヤジ!面白すぎ。
          terminal3
ヒスパニックはハンサムなのにアメリカでは差別される。ガエル・ガルシア=ベルナルのように素晴らしい俳優でもハリウッドの大作には出演依頼が来ない。メキシコ人だからだ。英語だってうまいのに。(dot the i 見てみ)。エンリケ・クルスっていう役名からしてふざけている。いかにもヒスパニックのステレオ・タイプじゃん。
          terminal1
この映画は、はっきりコメディなのだが、英語を日常語にしているアメリカ人になったつもりで見ないと、笑えないだろう。笑いには、はっきり国境がある。特に、人種ネタが入ったものは笑えない。

東欧のなんたらという国で軍事革命がおき、主人公が空港に着いたところでVISAが無効になってしまう。入国は出来ず、帰国も出来ず、空港のロビーで待ち続けることになる。こいつが、英語もほとんど話せず、融通も利かないことは、フォーレスト・ガンプ並み。
          tom
なんとか自分の落ち度にならないよう追い出したい、スタンリー・トゥッチ演じる空港管理主任の自己中心男。この男が憎まれ役をしつこく演じて盛り上がる。(Shall We Dance?でも、竹中直人を熱演していました。うまいです。)
          ジャクソン
コメディの設定は出来た。あとは、きれいな顔が欲しい。主人公と適当にからませて。そうやって入れ込んだアメリア。頭の悪いバカ女になってしまった。シナリオの責任だ。

ゼタ=ジョーンズ演じる、フライト・アテンダント(スッチーです)のアメリア。ゼタ=ジョーンズは、姿形が美しく、俺もちゅーしてもらいたいとは思うが、この映画のアメリアなら、ごめんこうむる。決断しないバカ女が嫌いなのだ。あちこちにボーイ・フレンドがいて、思わせぶりに振る舞っては他の男のメイルばかり気にしている女。
          terminal5
こういう女は身の回りにいませんか?あなたも翻弄されてはいませんか?「いつもここから」の「ツッコミ暴走族」ネタ。「人んち来て、ケータイばっか、いじくってんじゃねえよ、バカヤロ、コンニャロメ!」。

アメリアの身の上話がちょっとあって、今までの自分とは別れたい、というような話になって、いいぞいいぞ、と思っていたら、結局、髭おやじかよ!と憤慨したのだった。ワシントンのコネも中途半端だし。バカ女だぜ、アメリア。このくらい言っておこう。脚本がクズ。ゼタ=ジョーンズがかわいそう。
          terminal6
空港で暮らすことについての数々のネタは面白い。カートを返すとクォーターが出てくることなんか知らなかった。教会もあるんですね。カネロニの食べられる素敵なラウンジ(インド人のジャグリングが見られる)は、たぶんないと思うが。。。
          nakama
毎度おなじみ、まわり中いい人ばかりで主人公を応援し、主人公は旅行の目標を果たしめでたしめでたし。空港を出で乗ったイエロー・キャブの運転手が、アルバニアから木曜日に来たばかり、というのがいかにもニュー・ヨークだ。

大笑いする場面がたくさんあって、満足しました。シリアスに見て、つまらないとか言っている人が多いのに驚きます。アメリカ人が見て笑ってちょっと心温まるポップ菓子のような作品です。

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「コーチ・カーター」 高校野球馬鹿!絶対に見ろ!

2005-09-08 21:20:21

テーマ:(か行)

黒人の生徒たちはお互いを「ニガー」と呼ぶ。カーターはそのことを許さない。「白人がニガー!と言えば殴り合いになる。黒人である君たちがその言葉を使うから白人も使うのだ」。毅然とした態度で生徒を諭す。常に丁寧な言葉使いを要求する。さっそく、それなら俺はごめんだ、と言って逃げ出す生徒。ヒスパニックのクルーズだ。それに続いて、チームの得点源2人が去っていく。

心配そうな残りの生徒。「心配ない。得点王を育てればいい」。あくまでクールなコーチ・カーター。
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4ヶ月で1,500ドル。コーチ・カーターの報酬だ。カーターはリッチモンドで運動具店を経営している。名門私立高校に通う息子と妻がいて、立派な家も持っている。車はベンツだ。彼は成功者だ。金のためにコーチをするのではない。

コーチを引き受けたリッチモンド高校は進学率のランキングで州の最低クラス。校長自身、生徒が半分しか卒業出来ない現状をあきらめている。

リッチモンド高校のバスケットボール・チーム、オイラーズも前シーズン、4勝22敗の成績しか残せなかった。負け試合の後は、なじりあい、つかみ合いの大喧嘩だ。

カーターは、生徒が学業をおろそかにすることを許さない。高校生なのだから、勉強をして大学に進め。バスケットボールの能力と、成績さえ一定の範囲であれば、大学への推薦がうけられる。少しでも上の成績でいられたら、奨学金も受け取れる。そう生徒を励まし、生徒たちと契約を結ぶ。

リッチモンドの犯罪率は高い。18歳から24際までの33%が刑務所に入る。リッチモンド高校から大学に入る生徒は6%。街は誘惑に満ち、ドラッグの取引に手を染める生徒がいる。子供ができてしまって、この先どうやって暮らしていけばいいのかわからない生徒がいる。子供が子供を産み子供を育てるのだ。残酷な話だ。
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美しい歌手のアシャンティが、オイラーズのメンバーの一人の子供を妊娠する役で出てくる。彼女の姉も19歳で二人の子供がいる。みすぼらしい長屋のようなアパートに住んでいる。生まれてくる子供の将来は決まったようなものだ。「請求書の山と暮らすだけで精一杯の毎日」。親やまわりを見ると、希望の無い毎日がはっきり見える。

学業成績が基準に満たない生徒が出た。カーターは、ジムを閉鎖する。図書館で勉強をする生徒たち。アメリカの地方都市の金曜日土曜日の楽しみは、地元高校のスポーツを観戦することだ。自分の子供が出ていればいっそう力が入る。プロのスカウトも見に来る。カーターの指導によって強くなったオイラーズの試合を見たい市民も大騒ぎ。勉強なんかどうでもいいから、今すぐ、生徒たちを試合に出せ!!!カーターを非難する親たち、市民。

親が刑務所にいるもの、頼っていた兄貴分が目の前で射殺される日常。女の校長が言う。「あの子たちの人生のハイライトはバスケットなの。今が人生で一番輝くときなの。」カーターは言う。「その考えが問題だ。間違っている」。

日本の高校野球でも同じことがあるのではないか。とにかく勝ちさえすれば、他のことは適当にうまくやってもらえる。そんな価値観を高校生のうちに身につけた人間はろくでなしになる。

カーターも強く主張する。「決めた約束を守らなくてもいい、ということをあなた方は教えるのか?ここで出来なければ『外』」でも同じことをする」。つまり、社会に出て犯罪を犯し牢屋に入れられると言うことだ。

コーチ・カーターに迷いはない。生徒たちもカーターの指導を受け止める。
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何度も反抗してはチンピラに落ちぶれそうになるクルーズ。ひどい目にあって、カーターの家を訪ねる。生意気な態度は崩さない。すべてを悟り「Come in」とクルーズを招き入れる。受け入れられたクルーズは泣き崩れる。

そのクルーズが、カーターに語りかける場面がある。「若者よ、何を恐れるのか?」から始まる素晴らしいメッセージだ。おそらく、マルティン・ルーサー・キング・ジュニアのメッセージの一節だと思う。コーチ室には、キング牧師の写真がかかっている。その言葉は俺の心を打った。全編の白眉だ。どなたか出典をご存じの方は教えてください。「I have a dream」のメッセージに、このフレーズはありませんでした。

実話に基づくこの映画の最後に、実在の生徒たちが5人も大学に進学したことが紹介される。バスケットボールで活躍するもの、大学で学位を得たもの、士官学校に進んだもの。それぞれ人生のハイライトを目指して進んでいくのだ。このような若者を、たかが野球やバスケットボールで駄目にしてはいけない。心からそう思える映画だった。

カーターは言う。「私は失敗した。バスケットボールを教えに来て、生徒を大学生にしてしまった。子供みたいな君らは大人になった」。なんと素晴らしい仕事だろう。たかだか週給100ドルで。
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サミュエル・ジャクソンは素晴らしい演技だ。ジェダイ・マスターよりずっといい。キング牧師が伝えようとしたメッセージをいま新たに語っているようだ。日本の若者が見ても意味がわからないだろう。アメリカで、希望を持てないでいる貧乏白人や最貧困黒人たちに向けられたメッセージだ。日本のNEETなんか甘ったれだ。引き籠もりも、死ぬまで籠もっているがよい。おまえらは親に寄生しているゴミだよ。

貧乏人たち!立ち上がれ!コーチ・カーターのメッセージを受け取れ!!

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「コールド マウンテン」 胸を打つクラシック!

2005-11-02 18:59:38

テーマ:(か行)

南北戦争の映画「アラモ 」で、デイビー・クロケットやヒューストンの活躍を見た。この映画はその大歴史を背景に、町場から来た牧師の娘と、村の若者の純愛大河ドラマ。真っ白い肌の牧師の娘は、ニコール・キッドマン。木訥な若者はジュウド・ロウ。俺の美貌の女友達が「ずるい」と嫉妬するほどのハンサムだ。

コールド・マウンテン cm2

140年も前のことだから、男女の関係はすぐに深まらない。早くに母親を失い、牧師である父の世話、教会の世話を一手に引き受けてきた堅い娘であれば、いたしかたない。「いつもトレイをもっているね」という台詞が胸に刺さる。まさにそのように生きてきた娘だ。ピアノを弾き、ラテン語を理解し、小説を読む。

融通の利かない物堅い娘をニコールが顔まで野暮ったくして演じる。寒さに赤らむ頬がいい。不幸そうなしかめっ面もいい。笑っていられない場面ばかりだ。


わずかな逢瀬を重ねる村の若者イルマンと牧師の娘アイダ。いよいよ南軍が北軍と一戦を構える事態になる。義勇軍に応召する若者たち。村の男は自分の村を守るために戦争に行く。美しい山や川、丘や草原。広々とした大地にたくさんの男たちの血が流される。


田舎娘のルビー。飲んだくれでろくでなしの父親に放置されて育った。生活力は旺盛だ。ルビーに何も出来ないことを呆れられるアイダ。「生活に役に立つことはするな、と教育されてきた」と怒鳴る。南部の階層社会の実際だろう。黒人奴隷の労働で白人のインテリはサザン・マンションと呼ばれる白亜の豪邸に住んでいたのだから。

     sm

南部訛りが心地よい。ルビーを演じるレニー・ゼルウィガー。テキサス出身。普通のテキサンでも今はこんなに訛ってはいないだろう。この人が「ブリジット・ジョーンズの日記」で英国訛りを完璧に話せるのが驚きだ。「ブリジット」は見ていないのだが、この演技を見て絶対見ようと決心した。

戦場で起こる数々の悲惨な出来事。淫乱な堕落牧師。若い亭主を戦争で亡くし病気の乳飲み子を抱えた悲しい未亡人。、略奪や強姦。義勇軍の名を借りた虐殺、略奪。すべての苦渋を味わうイルマン。死線をさまようがアイダに会いたいばかりに生き延びていく。

音楽の無力と力も描かれる。ルビーの父親はどうしようもないろくでなしだが、フィドルを演奏する。戦死者に南部訛りのレクイエムを演奏する。バンジョーの相棒と愛想を尽かされた娘のルビーのために演奏する姿は悲しくも滑稽だ。ルビーの父親に対する思いが絶妙の演技で示される。レニー・ゼルウィガーの演技は見事だ。

再会の後、義勇軍という虎の威を借るならず者たちとの対決が待っている。思いがけない展開で、ドラマは終焉を迎える。

エピローグで、アイダが、死んだ羊の皮を剥ぎ、子羊に着せる場面がある。アダムとイブが失楽園の最後に神に着せてもらう羊の毛衣を思い起こす。人間は罪を犯しエデンを追い出されるのだが、その後も神自身の保護があることを表している。人間がその保護を得るために罪のない羊の血が流されたのだ。

美しい山河の映像が心に染みる。アメリカの苦難の時代を思い厳粛な思いになる。「走れメロス」やデイヴィッド・リンチの「ストレイト・ストーリィ」のようにまっすぐ愛情を語り、すがすがしい。そんな時代もあったのだ。多くの犠牲の上に生き残った者で新しい生活が始まり、今日のアメリカや日本がある。

音楽の与える意味も最後に語られ、俺は深々と感動した。これはクラシックのメロドラマです。文学しています。いい作品を見て心が洗われました。日頃の非道を少しは改めなくては・・・。

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「私の頭の中の消しゴム」ソン・イェジンの生々しさ。

2005-10-26 01:25:59

テーマ:(わ行)

美男美女の恋愛メロドラマ。美しいヒロインが不治の病で記憶を失っていく。「肉体の死より先に精神の死を迎える」と医師から宣告される。愛する人の顔も名前も、自分の名前も日常のあらゆることも。「すべて忘れてしまったら心もなくなる」。


肉体は美しいまま、すべての記憶を失って死を迎える。なんと残酷なことだろう。ヒロイン、キム・スジンは苦悩する。キム・スジンを愛するまわりの人々も苦しむ。その葛藤が涙をさそう。

       keshi

ヒロイン役のソン・イェジンは美人だ。日本人の俺が見て安心できる顔だ。ジェシカ・ビールのようにいくつも思いこみのフィルターをかけなくても自然にその美貌を堪能できる。日本や支那、朝鮮の昔ながらの美人女優を煮詰めたような顔をしている。整っているのだが個性に乏しく俺はどうも萌えない。(うてなさ~ん♪)

足の微妙なラインが実に生々しい。ふくらはぎのかたち、足の指、ふともものいい感じの丸さ。長すぎず、細すぎず。エロいです。


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この映画はソウルにいる韓国人女子大生のガールフレンドから教えてもらった。すごくいいから見て!と言う。その子と話を合わせたくて見に行った。韓国の女子大生の間でかなり話題にになったという。


ヒロインの父親は大きな建設会社の社長。キム・スジンは育ちのいいお嬢さんだ。おっちょこちょいなところがあるが、おとなしく優しく可愛い。俺にとっては「ぶりっこ」すぎてつまらない女に見えるが。男は建築家を目指すワイルドな男。マッチョです。その二人が出会い、いくつか問題を乗り越えて幸せな結婚をする。


女の子を口説く手口がいくつか盛り込まれていて参考になった。女子もキム・スジンの手口を学ぶといい。ラブコメ調の展開が続く。なかなかロマンチックです。「お姫様抱っこ」が決め手。

       keshi4

ヒロインのわまりやビルの上でカメラをぐるぐる回すのはやめて欲しい。俺は三半規管が弱いので酔ってしまう。古くさいプロモ・ビデオみたいな手法だ。カメラが回らないときは、キム・スジンが回っているのに笑ったけど。。。もうひとつ。大事な出会いの場面でコーラを飲むのだがその演出がいただけない。「百年の恋もさめる」。ソフィア・コッポラだったらこんなことは絶対にしない。文化の違いを感じる。最後にも同じ状況が現れ、まさか、と思ってはらはらした。


余談だが、韓国では結婚しても姓が変わらない。また同姓の相手とは結婚しない。これには細かいことがいろいろある。普通、キム同士、パク同士は結婚しないのだが、同じキムでもどこそこのキムなら問題ない、というように、名字の本籍地のようなものがある。韓国人に訪ねるとこのシステムについて詳しく説明してくれる。


仲良しの女の子同士では、なぜかフルネームで呼び合う。キム・スジンだったら、親しい友達は「キム・スジン!」と呼ぶ。映画では、夫が大事な場面でも、奥さんをフルネームの「キム・スジン!」と呼ぶ。面白い。


前半のやや退屈なラブ・ロマンスも徐々に悲しい方向に変わっていく。「ぶりっこ」演技が笑えないものになってくる。何もかも忘れてしまうことの実際が示される。新しい記憶から失われていくということが、どれだけまわりを傷つけるか。しかしそれは本人のせいではない。

記憶を失ってしだいに純化していく様子が切ない。様々な駆け引きや思惑などありえない。目の前のことにしか反応できない。終わり近く、病棟で出会う場面に泣かされる。


外出を許可され、初めて夫となる男と出会った店に行く。すべてが浄化された映像で寓話のようだ。そこで発せられるキム・スジンの言葉。俺は耐えきれず泣き崩れた。そうだよ、その通りだよ、と言いたかった。


見事に俺はこの映画の意図するところに乗せられた。期待に違わない泣かせの技術は大したものだ。大衆の娯楽は、笑って泣かせるのが王道だ。笑いの強烈さは少ないが、涙を絞られることは請け合う。どっぷりと浸りきって見てくれ。

ソン・イェジンの美貌を愛で、思い切り泣かされたら満足だ。気が散らないので劇場で見た方がいい。おまえら、見てくれ!!!泣け!!!

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「猟奇的な彼女」偏愛・全智賢

005-10-05 09:08:54

テーマ:(ら行)

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チョン・ジヒョン(全智賢)演じる「彼女」には名前がない。韓国語の「猟奇」はヨプキと発音するらしい。だから、ヨプキの彼女、と呼ぶ。韓国人の男には評判が悪い。「コピ マショ!(コーヒー飲め!)」と男に言うような女が好きか?と逆に問い返される。「俺の彼女だったら絶対殴る」。

韓国人の男は想像以上にマッチョだ。この映画の中でも「ヨプキの彼女」のお父さんが、一家で力を握っている描写がある。母親がいろいろ言いたくても、父親を差し置いてキョヌに話しかけたりすることはない。目上の人の前でたばこを吸うこともはばかる国柄だ。儒教の礼節が生きている。親を大事にし目上を立てる。男はメンツを重んじる。

そのような国で、「ヨプキの彼女」は受けた!!あのキャラクターはいままで見たことがない。韓国語の「パンマル(ため口)」を使って男に命じる可愛い女の子!俺にとっては最高のキャラクタだ。

韓国の妖精!チョン・ジヒョン。この人の姿の美しさに惹かれる。韓国人が好む前髪をたらさない髪型。手足が長く抜群のスタイル。整形が当たり前の韓国芸能界で整形をしていない女優ということでも有名だ。

韓国では勿論、香港、上海でこの映画は大人気だったという。韓国の女子に絶大な人気を博し、今でもチョン・ジヒョンはテレビのCMクイーンだ。

相手役のテ・ヒョンも優しく面白いキャラで女子に人気がある。韓国人の女子大生に聞いたら、テ・ヒョンが一番好き♪と目を輝かせていた。

韓国の社会では女子が「ヨプキ」に振る舞うことは絶対のタブーだ。だから大胆で痛快な「ヨプキの彼女」に支持が集まったのだ。

この作品は爽やかなラブ・コメディだ。奔放で大胆な可愛い女の子に振り回されるお人よしの男子。なぜ「彼女」が「ヨプキ」な行動をとるのか解らない。何かか苦しんでいることが解るけれどその行動は予測できず突拍子もない。

その行動の全部が俺の心を揺り動かす。あんな子に振り回されてふらふらになってみたい。

なかなか二人の関係は進まない。そこがまたいい。売春婦ではない、きちんとした女子高校生に薦めることができる。淡い恋愛の陶酔感が過不足なく描かれる。二人は手を握りあうこともしない。唯一抱き合う二人。「ヨプキな彼女」は「誰が抱きついていいって言った!」とパンチを浴びせる。殴られてこの上なく嬉しそうな顔のキョヌ♪泣き笑いが押し寄せてくる素晴らしい場面だ。

この映画が大好きだ。劇場で三回見て、中国語版のVCD、韓国版のDVD、日本版のDVDまで持っている。サウンド・トラックのCDがまたいい。I bleave.のバラードが最高。聞いて口ずさんでは泣いています。感傷に浸りたいときにぴったり。

俺の韓流は「ヨプキ」です。

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「四人の食卓」全智賢、全肯定!!!

2005-05-06 18:42:41

テーマ:(や行)

主人公には特別な能力がある。懇願されて、やむを得ず能力を使う。しかしそれを望んだ人が、能力の故に主人公を激しく憎悪する。

特別な力を持つことと、その悲しみを全智賢が好演している。実年齢より十才以上老けた役で、落ち着いた演技が要求される。はじけるようにしなやかな全智賢を期待するとはずれだが、演技の幅を持つ全智賢を見ることになる。

悲しく恐ろしい出来事の描写や、不気味な子供たちの出現など幻想的で美しい。俺はこの映画の静けさが好きだ。なにせ、全智賢全肯定のマニアだから。

ソウル郊外の高層団地群。

映像を見ていて、デジャビュにおそわれる。高島平、多摩ニュータウン、八潮の団地群。くらくらと目眩がしたまま、映画に引き込まれた。
四人の食卓1
俺の大好きな全智賢が、暗い、精神を病む主婦の役で出てくる。作品の中の天気も悪かったり、夜の場面も続き、白く美しい智賢の顔をなかなか見ることが出来ない。

映画として見て損はない。全智賢が好きな人はもちろん、映像美に浸りたい高踏趣味のスノッブにおすすめ。ソウル郊外の団地群の荒涼たる風景が恐ろしいと感じられる人に勧める。

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「マラソン」 真実の響きがある佳作

2005-07-15 22:50:05

テーマ:(ま行)

淡々とした前半のエピソードの積み重ねが、後半で全て生きてくる。母親の苦悩、息子の記憶、マラソン・コーチ自身が自堕落から希望を回復すること、兄の影に追いやられていた弟の悲しみ、夫との会話・・・。

泣かせにかかる演出は心憎い。後半30分、胸に火が着き、嗚咽を抑えるのが苦しい。母親役の演技は世界中の人々に届くだろう。手を握り、手を離す。その意味がわかるので、身体中に感動が押し寄せる。
       マラソン
自閉症の息子を演じる、チョ・スンウの驚くべき演技に目を見張る。終わりの場面で、腹の底から笑いがこみ上げ、涙がこみ上げる。こんなに激しい泣き笑いは、「男はつらいよ」第一作、渥美清の、結婚式でのスピーチ以来だ。監督の才能を買う。

障碍者がフル・マラソン走ってよかったね、おかあさんも苦労した、感動!なんていう安っぽいドラマではない!!!!そのことは強調しておく。
       マラソン2
障碍を持つ子供と母親を決して美化していない。「オアシス」もそうだが、あわっれぽい甘ったれた感じが入っていない。 母親の心の闇もはっきり表現している。マラソンを教える、元マラソン選手のコーチも全くやる気がない。まわりの偏見がそのまま描かれている。障碍者を売り物にしていない。清潔だ。

「迷惑かけるなら精神病院か施設に入れておけ!」容赦なく罵声を浴びせる若い女。韓国のオモニは決して言われっぱなしでいるわけはありませんが。。

障碍をもつ子供を持った家庭は苦労する。障碍のない子供を持った家庭も苦労するのは同じことなのだが。貧困、夫婦の不仲、生活苦。我が子を他人に殺された親の気持ちを考えるといたたまれない。また、殺した子供の親はどうだろうか。自分を責めないだろうか。どのみち地獄だ。
       マラソン3
(実話に基づいているので、映画のヒットを期に大統領と面談する本人の母子)

この映画は自閉症を正確に表現している。感情を表さない、誰とも目を合わせない、言葉をオウム返しする、物事の順番や、好きなテレビ番組に固執する。俺の知人に自閉症の子供がいる。

母親は、その子にかかりきりになり、子供との共依存関係が出来る。自分がいなくてはこの子は生きていけないと思い、全てを子供に費やす。自閉症の子供からはなんの言葉も感情も帰ってこない。母親が言う「あの子の心がわかったら死んでもいい」と言う叫びは悲痛だ。
        マラソン4
障碍者を扱うことに及び腰の日本のテレビ・ドラマにのように、理解ある善人が、美男美女の身ぎれいで鬱陶しくない障碍者を、ちやほやするような場面が皆無だ。ドラマに都合のいい障碍者を出して、ちょっといいことしたみたいな気になるのはやめてほしい。

アメリカ映画もそうだけど。アメリカの障碍者ものは、なにか特別なことが出来る障碍者を評価して、ほめ讃えるあまり、 何も出来ない普通の障碍者たちはいっそう失望の底に沈んでいく。 アメリカ人も自分に都合のいい障碍者が好きだ。

いごごちの悪い「障碍者」が出てくる映画ではない。障碍者が出てこなくても、この映画には真実の響きがある。本当かどうか、見に行って確かめて欲しい。泣くのはぶざまだから、決して泣かないように。(俺はぶざまに泣いた。悔しい。監督に負けた!!)

この映画はいいよ。すごくいい。

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「メリーに首ったけ!」メリーは俺のものだ!!

2005-10-05 02:05:26

テーマ:(ま行)

俺は怒っている。最後の場面で後ろのギター・マンが海に落ちたことを!!なんで狙いが外れたんだよ!やっちまうべきだったのに。あのラストは問題だ。あんな奴とメリーが一緒になるなんて!!!!奴が俺のメリーを奪うなんて・・・・・。

だいたいキャメロン・ディアスの顔は変だ。ファニー・フェイス。目はでかいけど垂れていて離れている。口がでかくて妙な具合に三角形だ。皺があって老けて見えるし。だから、おまえらみんな、メリーにはかまわないでくれ。メリーは俺だけのものだ!!!メリーが身につけたものならなんでもいい、俺にくれ。俺はメリーに首ったけ。(最低!)

まいったね。すっかりやきもきさせられて、ベン・スティラーが演じるダサイ男テッドに感情移入するあまり、テッド以上にメリーに首ったけになったぞ!
        diaz
明るくて奔放なキャメロン・ディアスはすごく素敵だ。無防備で開けっぴろげで、お茶目。自然で楽しげな笑い方。あの笑い方にぐっと来る。すぐ仲良くなってくれるし、あのメリーに惚れない男はいない。自然に手だって握らせてくれるだろう(妄想)。ハグだって状況によって出来る(さらに妄想)。キスだって・・・・(ため息)。

男は有頂天!!メリーも俺に惚れている。俺こそメリーに選ばれる男だ!!ちょっとぐらいハッタリを言ってもかまわない。メリーならきっと許してくれる。わかってれるさ、メリーなら!(ここでギターを弾いて歌います♪)

そんな男心を切ないまでに笑いのめしてくれるのがこの映画だ。男が惚れた女に費やすアホらしいエネルギーを見てくれ!女子よ!!

男ならではの数々の悩みも徹底して笑いのめす。男の深刻な悩みはことごとくコメディだ。いきなりシリアスな話だが、男は妊娠しないからね。女子は結果を引き受ける立場にある。男は妊娠させても妊娠するのは自分ではない。問題の深刻さは女子に大きい。妊娠の因果関係のうち「因」の方のネタはことごとく馬鹿話になるのだ。この話はここまで。

    diaz3
(キュートでファニーな髪型の恐ろしい秘密を知ってしまった!)

ウォーレンは耳に触られるのが嫌だ。そのネタは「天丼」と言う手法で、何度も繰り返される。これがめちゃくちゃ可笑しい。物語の発端はそのあたりにあり、最後にもういちど出てくる。腹を抱えて笑ってくれ。

ギャグがふんだんに盛り込まれ、全部決まっている。最近見た映画でこれほど笑った映画はない。障碍者をいじるネタがいっぱいある。マット・ディロン演じる最悪調査員ヒーリーのガキっぽい態度が死ぬほど可笑しい。障碍者施設で入所者をからかうのだ。不快と爆笑の境目を笑いに着地させている。

杖をつく脳性麻痺のタッカー。リー・エバンスのフィジカル・ジョークもひどい。鍵を拾うところでメリーがさらに可笑しい。涙を流して笑った。あのキャメロン・ディアスのファニー・フェイスがいいんだ。

この映画を見る男子はみんなメリーに首ったけ!。自分自信の姿がデフォルメされて出てくる。自画像を見ているようだ。

俺の高校時代の初デート。おめかしするなんて考えてもいなくて、適当に履いていった古いジーンズ。洗ってあったけど。内股がすり切れ弱くなっていたので、何かの拍子に「ビリ!!」。大きく破れて後ろからパンツが見えるほど。パンツはきれいなのを履いていたので良かったが。すごく恥ずかしい。その女の子は裁縫道具を持っていて、男子トイレの個室まで来て俺のジーンズを受け取った。

今でこそその「逆境」をいかようにも跳ね返す数々の「手口」を知っている。純情で誇り高い高校一年の春には無理だ。気まずい。死んだ方がましだ。最悪の気分だった。こんなトラウマ(!)を抱えていない男子はいないだろう(断言!)。

男子が見て大喜びする映画だ。男同士でこの映画を肴に盛り上がりたい。奔放で可愛い女の子に振り回された経験のある男子!語り合おうぜ!メリーに首ったけになった男子!語ってくれ!女には決して分からない痛い思い出もあるだろ?語ろうぜ!

この映画、女子は見て面白いですか?パフィとマグダの傑作なギャグがありましたね。物体化したパフィが爆笑でした。でも、どうも男目線で描かれていて、女子はどう思うのか知りたいところです。

面白かった!!!

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「フェティッシュ」タランティーノの駄作。

2005-12-17 00:59:25

テーマ:(は行)

殺人現場萌え~♪の変な女の話。コロンビアの生まれで、とびきり美人のガブリエラ。ラテン音楽に合わせて、コミカルに物語は進んでいくようだが、俺は気にくわない。

アミューズソフトエンタテインメント

フェティッシュ

殺人現場専門の掃除会社。タランティーノの傑作「パルプ・フィクション」でも血まみれ現場の「掃除屋」が出てきたが、そのアイディアを敷衍したこの作品。


そのような職業はあるとは思うが、この映画では、モデルクラブと女衒のように描かれる。汚れ仕事の現場にしては優雅に美女がくつろいでいる。殺人事件現場が大好きなガブリエラが就職するわけだが、その設定にうまく乗れない。


いつも最大限の美人メイクのガブリエラ。殺人現場の掃除婦が恐ろしい美女であることになじめない。掃除をするのに、ヒラヒラのドレスの上に制服を着るだけ。真面目にふざけた映画を作っているとは思えない。事件現場で音楽をかけ、踊り狂うガブリエラ。男友達をほったらかし、おめかししたまま血まみれの床に寝ころんだりする。


ふざけながらふざけた映画を作るな!!!!ふざけるならもっと真面目にやれ!!!!


美しい、しかも珍妙なダンスのシーンですよ、面白いでしょう、と監督は得意気だが、まったく滑っている。すこしも面白くない。踊りも陶酔しているように見えないのは演技のせいでも撮影のせいでもない。


「監督がアホやから!」


俺はタランティーノには甘いのだが、この作品のすべてがわざとらしく鼻につく。俳優もいい。音楽もいい。なのに無理矢理悪ふざけをして得意になっている監督のダメさ加減しか伝わってこない。自分のスタイルに酔って、自己模倣をすると作家はダメになる。


アンジェラ・ジョーンズという女優。コロンビア出身の頭のねじ切れた女をギクシャクと演じる。目の演技がいいというか良くないというか。どう見てもサイコパスだ。美貌が一層効果を上げている。コロンビア訛りの英語もサマになっている。


終わりに「オチ」というか、ブラック・ジョークのつもりの一場面があるが、面白くも何ともない。怖くもないし、狂っているだけ。あっさり終わったのが唯一の救い。


タランティーノ好きは見て罵倒してください。それ以外にはおすすめできません。


「パルプ・フィクション」をもう一度見よう。同じ血まみれでも、ナイフと銃では質が違う。銃は滑稽だが、ナイフは笑いにつながりにくい。この映画を見てそう思った。


日本語訳の「フェティッシュ」はあまりにひどい。なにもフェティッシュじゃない。敢えて言えば「マニアック」「偏執狂」。原題は 「curdle」。血も凍るぞっとする、という意味と、カーズ(凝乳)状の血液、血糊をあらわしている言葉だろう。


「フェチ」とか言って「好き、好み」の意味で使う人が多い。本来、靴や下着など、物に固執して興奮する性の倒錯をいう言葉だろう。


馬鹿な女タレントやブログの女王とか呼ばれて喜んでいる馬鹿女が「私、ラーメン・フェチ」などというのを聞くと血も凍るような殺意を覚える・・・・・・・ほどでもないです。。。


この作品は駄作だ。女優のへんてこ演技を見たければどうぞ。他にはないへんてこが見られます。

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「ブラザーズ・グリム」シニカルな大人向けメルヒェン。

2005-12-08 18:38:24

テーマ:(は行)

「Bingo!」って何語でしょうか?


「ビンゴ・ゲーム」から、「やったー!」とか、「当たり!!」と叫ぶ言葉ですよね。それがフランス訛りだと「バンゴ!」になるのでしょうか?


俺は第三外国語のフランス語で、数えることや女の子を口説くことだけを習ったので、他のことはすっかり忘れました。でも、テリー・ギリアムもフランス語に関して俺と同程度の知識しかないみたい。ドイツ語に関しても。もちろんイタリア語も。タクシーに乗ってプレスト、プレスト!!と叫ぶと、かっ飛ばす、とか、うるさいガキには、ピアノ!と怒鳴りつけるとか、バス停はフェルマータ?そのくらいしか知りません。


ドイツ民族にはデモーニッシュ(悪魔的)な感情が潜んでいて、時代の節目に鬱積した暗いエネルギーが吹きこぼれてきます。魔女狩りしかり、宗教改革しかり、ナチス・ドイツしかり。ベルリンの壁崩壊もついこの間のことですよ。「魔女とカルトのドイツ史」(談社現代新書)でさらっと読んでみてください。

浜本 隆志
魔女とカルトのドイツ史

ドイツの暗い森を舞台としたこの映画は、森の中を一人で歩く少女がさらわれていくドキドキする場面があって、時節柄正視できない気持ちになります。アメリカでは自分の子供を一人で森を歩かせるようなことをしたら親が逮捕されます。でも、ここは300年前のドイツの森の中。赤づきんは木の実を摘み、ヘンゼルとグレーテルは道に迷います。


この地域を占領したフランスの将軍は、俺と同じで、一切のオカルトを信じません。魔術も伝説も一切を否定します。このフランス人と、デモーニッシュ・ドイツの対比が面白く意地悪に描かれます。ドイツは未開で、田舎で、真っ黒な豚の血のソーセージとザワーブラーテン(酸っぱいキャベツ)を食べます。


グリム兄弟は、村の言い伝えや呪いを解いて回る「呪い魔術バスターズ」です。困っている村人から、魔女や悪魔の様子を聞き出し、綱と滑車で「魔物」を演出して、それを打ち負かして見せ、金を巻き上げるのです。魔術や呪いなどないと一番知っているのがグリム兄弟です。


マット・デイモン演じる兄ウィルは、まったくの現実主義者。金と快楽を愛します。アメリカンですね。ヒース・レジャー演じる弟のジェイコブは、子供の頃、妹が病気になって牛を売りに行き、うまいこといわれて金を巻き上げられ、豆をつかまされるお人好し。妹は死んでしまいます。この映画はファンタジーの代償がどれほど高く付くか、過剰に描きます。


いつものように一仕事終えて騒いでいると、合理主義の固まりフランスの将軍が二人を拘束します。実は、行方不明の女の子たちがたくさんいるので、お前たちに解決して欲しい、という依頼。


二人が事件に関わりはじめると、次々に不思議なことが・・・・・。


「呪われた狩人」のところに出かける場面。村人がその猟師の話をすると忌ま忌ましそうに「あいつは呪われている」といって、唾を吐きます。実際にその「呪われた狩人」のところに行く二人。狩人を見て(美しい女なのですが・・)思わず二人がすることが可笑しくて!爆笑しました。(館内は、最初から最後まで俺の笑い声しかしませんでした・・・・)。


カルチャーギャップ・ネタや、言葉遊びネタ、タイミングのギャグなど、笑いがいっぱい詰まっていて、往年の「モンティ・パイソン」の、なんだか不思議なコントを見ているようでした。愚か者二人組も出てきます。主人公の後ろに映っている、変てこな登場人物がにやにやしていたり、かっこつけていたり、白塗りのモーツァルトだったり!髪型が珍妙だったり。細部がにやにや笑いで固められているのです。全部、ふざけて作っている感じ。


劇場では子供が親に連れらて見に来ていましたが場違いでした。子供には理解不能でしょう。何の教訓も得られないし。とってつけたような「夢って愛って・・・」というような話もありますが、毒にこそなれ薬になんかなりません。こんなふざけた作品をにやにや喜んで見るのは俺ぐらいかも知れません。


高い塔の屋根を歩くジェイコブの場面は、はらはらしました。鏡の中の魔女の、こわ綺麗なこと!俺なら簡単に心臓にぐっさり刺されてしまいます。


全体の構成や、拷問場面、虫がいっぱい出てくるところなど「インディアナ・ジョーンズ」そのままでしたね。


さらわれた子供たちはみんな無事に戻ってきますので、ご安心を。童話ですよ、といいながら、皮肉な意地の悪い映画を作ってみました、というところでしょうか。俺は楽しみました。素直なニホンジンには向きません。なんだこれ!と怒って帰る人が多いようでした。世の中斜めに生きている人におすすめ。

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「ネバーランド」 本当のピーターは葛藤の末成長したのだ。

2005-05-08 21:20:26

テーマ:(な行)

Johny Depp の美形ぶりを楽しむ映画。

アカデミー賞でも、Depp にしか似合わないブルーのタキシード。前髪を長くたらし、眼鏡に髭。ぼそぼそとしゃべるあの男が世界一もてるのだ。その秘密を見てみたいではないか。

アミューズソフトエンタテインメント
ネバーランド

髪をあげて髭を剃り、イギリスの脚本家を演じるDeppは美しい。まぶしすぎる。日本で言えばもっくんに似ている。日本の美形好きの女子は、Deppと、もっくんで決まり。大部分の男子は、潔くこの二人を認める以外に方法がない。美しさも才能だ。

作品は、静かな演出で淡々と進む。Kate Winslet も、子持ちの未亡人を貫禄で演じる。イギリス英語が端正です。

Peter Pan を書くきっかけになるPeterとのやりとり。Peterは、なかなかDepp を認めない。反発し拒絶する。その理由をきちんと言葉にして激しくDeppにぶつける。

日本の子供だったらどうだろう。「今、会いに行きます」の子役。はじめに母親がこの世にいないことが示される。その上で、鼻にかかった甘え声で自分の父親を「たっくん・・・」などと呼ぶ。実際、その哀れっぽさに負けて泣いてしまうのだが。。。

Peter は違う。最後まで、厳しくDeppに詰め寄る。息苦しい緊張がある。しかしPeter は葛藤の後に、養父となるDeppに謝罪をし、その愛情を受け入れる。

子役が特に愛らしい容姿をしているわけではない。普通の子供が内面の葛藤と戦い自分で決定し言葉にする。その成長の瞬間を見ることで涙があふれた。

Kate Winslet が病で天国に召されていく場面の美しさと悲しさは、映画でしか味わうことの出来ない特別なものだ。

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「NANA」 恋愛のダーク・サイド

2005-09-13 19:40:39

テーマ:(な行)

小松奈々=ハチ(宮崎あおい)は、先に多摩美の油絵科に進んだ、大好きな章司(平岡祐太)との新しい暮らしを夢見て、東京に向かう特急列車に乗る。偶然隣り合わせた大崎ナナ(中島美嘉)。北の街のバンドでボーカルを担当し、実力もある。同じバンドで同じ夢を追うレン(松田龍平)は、すでに東京のバンドで活躍している。不思議な成り行きで一緒に暮らし始めるナナとハチ。
        nana
雪深い北の街から音楽を志して上京する若者。

音楽に限らず、地方から学校に入るため、就職のため大都市に出てくる若者はたくさんいる。それまでつき合ってきた友達、恋人と別れ、旅立つ日のことは忘れないものだ。期待と不安でいっぱい。さまざまな感情がぶつかり合う。

大都市で一人暮らしを始めるだけでも負担は大きい。新しい暮らし、新しい仲間。学び取ること吸収することの多さに圧倒されつつ精一杯毎日を過ごす。いままで一度もアイロンなんかかけたことがなかった。ごみを出す日のことなんか知るもんか!クリーニング屋。洗濯もの。シャツのボタンが取れた。今日の雨、傘がない(陽水です。古!)。いちいちリアルな毎日に追われる。

故郷のすべてが過去のものとなり、恋人とのやりとりも途絶えがちになる。大人になる大事なステップ。
        hachi
ラブラブなはずのハチと章司は、どこかちぐはぐだ。ハチが夢見ていた章司との暮らしは噛み合わない。仕事を見つけ部屋を借りて自立することを迫られるハチ。

章司はバイト先で、同じ多摩美の油科(って言うんだってさ)の幸子(サエコ)と出会う。ハチとのことも曖昧なまま、深い仲になっていく。この男女、むかつくな!!女(サエコさん、ごめんなさい)の声!声優さんなのかな?アニメ声。勘弁してくれよ。ネコ耳がお似合いのアキバ系萌え女子。こいつが、あつかましいんだ。そんな女にうかうかとくっついていく章司。顔も見たくない!!

でもね。若い時ってこんなものかもしれない。そうも思います。何も決まっていない。一人前になれるかどうかもわからない。不安でいっぱい。そんな気持ちでいるのに、昔からの女が田舎から出てきて、べったり依存してきたら・・・。ううう、重苦しい。鬱陶しい!!ハチ。君のことだよ。夫婦気取りでフリフリエプロン。やめてくれ!!!(映画で章司は一言もそんなことを言っていませんが、俺が勝手に憑依して語ってみました。)

失恋の痛手はきついものだ。ナナにもそのようなことがあることが徐々にわかってくる。ナナはクールで格好いい。弱みは見せない。心に秘めた目標がある。ボーカルで、レンのバンドを抜いてやる!

ナナの恋愛も複雑だ。ナナ自身の意地と心の底の思いが分裂している。まだ、目標を果たしていない。目標を果たすまでは思いを遂げられない。でも本心は恋人についていきたい。葛藤して苦しむ。恋愛のダーク・サイドだ。

レンはギターの天才と言われている。ギターが誰よりもうまい。その秘密を語る場面がある。この映画の原作はコミックだ。原作者も手を使って一こま一こま書いていく。詳しく知らないが、漫画の作業量は膨大なものだろう。手作業を積み上げていくしかない仕事だ。技術が熟練するためにすべきこと。それはただ一つ。練習だ。原作者の言葉はその手仕事から出てきたものだろうな、と思った。

俺は、バンドをあまり聞いたことがない。下手くそな学生バンドばかり聞いてきた。うるさいだけ。耳が痛くなるほどがなり立てるバンド。この映画を見て、奴らは下手だったのだ、とわかった。中島美嘉の静けさのあるボーカル。レイラ(伊東由奈)の胸に響く美しい歌。ドラムもうまい人が叩くと静かなものだ。音量は大きいのだろうがピシッと決まっていて、整然と静かに心におさまる。バンドやりたいな。エレキが欲しくなった。この間、ベースを遊びで弾いてみた。ピッチが狂っていたので調弦をしたら、1オクターブ間違えて弦をバチっと切ってしまった。その程度です。

恋愛に悶々と苦しむ感じがリアル。現実の男女関係はあんな感じだよね。うっとりと恋愛に溺れるのは若者の物語ではない。他人ののろけをずっと聞かされるのはむかつくよな。この映画はそんな心配はありません。等身大に苦しむ恋愛のダーク・サイドがほろ苦く描かれています。

ナナとハチの友情が気持ちいい。ナナ、かっこいいね!真っ当な青春映画だ。若者と向き合いたければ見るがよい。

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「★TEAM★AMERICA WORLD POLICE」

2005-08-08 12:21:34
テーマ:(た行)
すごい!!!人形の精巧さ、セットの見事さ!言うことない。それに反して、言葉の汚さ、下品さは、悪ふざけだ。アメリカっぽいと言えばそうだが。汚い言葉まで茶化しているのだから仕方ない。
       TA
★チーム★アメリカは、世界のテロリストと戦う正義の戦士!。ラシュモア山に基地をもち、テロリストの情報があれば、どこにでも出撃して、悪を滅ぼすことに全力を尽くす。民間人の犠牲もまったく厭わない。文化財だって、テロリストを殺すためなら、木っ端微塵。エッフェル塔も、ルーブルも、ピラミッドもスフィンクスも、誤爆しても正義のためなら仕方ない。

死ぬか生きるかの激務の間にも、芽生えるロマンス。珍妙なラブ・ストーリーが繰り広げられる。人形は、顔の微妙な動きまでできる。上半身だけ見ていると、シリアスなドラマに入り込むほどだ。引きの画面になって、歩き始めると、ことさら人形であることを強調するかのように、ぴょこぴょことぎこちなく歩く。このギャップに笑う。

インテリジェンスと呼ばれるコンピュータの間抜けなこと。戦闘シーンやアクションもすごい。「ナショナル・トレジャー」でおなじみの、ブラッカイマーをからかっているのだ。「教育のない、頭の悪い観客」に向けて作られたアクション映画。スリルとスピードだけの見せ物映画。それを、間抜けな糸あやつり人形で再現してみせる。半端な模倣ではない。巨大で精巧なセットと、撮影アングルの工夫などによる丁寧な仕事によって、初めて茶化すことが出来る。すごいな!!!

北朝鮮の独裁者、金正日も、何の遠慮もなく茶化している。人形の良くできていること!!本人が入っている着ぐるみだ、と言う説も・・・・・ないが。北村総一郎がダークサイド・モードで演じたらそっくりかな?
      ta2
金日成の肖像もそのまま出てくる。金正日が歌う「I'm ronry」のバラードは、チャップリンの「独裁者」に出てくる地球儀のダンスに匹敵する。悪役ぶりが徹底している。現実の世界も森喜朗のような馬鹿が仕切っているわけだから、金正日もあの程度なのではないか、と悪寒がする。アジア人蔑視も入っている。ステレオタイプの「r」と「l」の区別がつかないネタ。

日本人はどんなとき投票(vote)する?

答え:irection!(笑えないあなた、アメリカ人はあなたを嘲笑っていますよ)

ハリウッドの大物俳優をおちょくっているのが面白い。スーザン・サランドン、ショーン・ペン、マット・デイモン、ティム・ロビンスなど、おなじみの俳優が、とほほな役で出てくる。マット・デイモンがなぜか馬鹿っぽくておかしい。

アメリカの思想を感じるのは最後の大演説。 証拠を挙げるわけでもなく、どちらの演説に説得力があるか、ということが重視される。弁舌こそ第一、という欧米のスタイルだ。

金正日の悪巧みに乗せられた、全米俳優協会(F.A.G.)会長、アレックス・ボールドウィンが、世界の元首を前に演説をする。最初は優勢だが、チーム★ アメリカの代表が、金正日の悪巧みを暴く演説をする。内容は、悪事に荷担すると、悪くない人まで悪事に染まってしまう、ということ。それを、下ネタで、可能な限り下品に汚く演説する。セクハラおやじがビジネス格言をことさらエロにたとえるのと同じだ。

おふざけだから、当然、チーム★アメリカの演説は、世界中の元首たちの心を動かす(!)。

悪だくみは滅ぼされ、正義は勝つ。チーム★アメリカ、万歳(Fuck Yeah!!)!!というお話しです。
       ta3
物好きにはおすすめ。人形やセットの懲りようはただごとではない。アメリカ批判をしているとか、共和党を擁護している、とか小難しいことは関係ない。制作者のアホさ加減(ほめ言葉です)を見て欲しい。

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「チャーリーとチョコレート工場」過剰な悪意。少しのハート・ウォーミング。

2005-09-22 20:30:56 テーマ:(た行)

チョコレート工場の美しく洗練された映像!ティム・バートン・フィルムだ。雪が降るなか赤いレトロなトラックが次々に工場を出発していく。世界中に届けられるチョコレートの中に、たった5枚だけゴールデン・チケットが入っている。工場の俯瞰の映像。雪に残されるタイヤ跡の美しさ!隅々まで行き届いた映像美だ。

ティム・バートンのレシピは手厳しい。こともあろうに「イッツ・スモール・ワールド」に火を放ち、どろどろに熔けたグロテスクな人形を見せるのだから。この悪意を感じ取らずに「ディズニー・ランドに行ったみたいな楽しい映画」と書いている人もいる。生ぬるい善意に満ちた嘘のファンタジーが好きな人にはこの映画は薦めない。毒を毒と表現する辛口の寓話だからだ。
         CC
すべてがこの調子。ティム・バートンはディズニーを憎んでいるようだ。俺と気が合う。ミッキーをネズミと呼ばせない傲慢な「ディズニー・マジック」。無教養な馬鹿にしか喜ばれないディズニー製作のアクション映画。例えば「ナショナル・トレジャー」。客をなめているエンタテイナメントの筆頭だ。

人間の、貪欲、傲慢、わがまま、嫉み、競争心、虚栄心、偽善、悪意、詐欺、不遜、不誠実、無知、恩知らず、非情、思いやりのなさを、醜く体現したdisgustingなガキとその親。念入りに不愉快だ。

この不愉快な人物像は俺たち自身の内面の毒をその通り表現している。他人ごとと思っている君!自分はチャーリーでよかったなんて思っている君!ウォンカとウンパ・ルンパはそんな君たちにも容赦なく歌とダンスを用意しているよ!自分はいい子だ、なんて思ってる君たちこそ、傲慢で汚い我がまま人間だからだ!

この「怖さ」が、ロアルド・ダールの原作が子供にも大人にも読み継がれ、深い印象を残す理由だ。毒を毒と語り、薄めていない。おもねったところがない。甘ったれたところがない。テレビを見るな!と言うのも俺の気に入っているところ。

Eyes on the prise ! ガムを噛むヴァイオレットの母親の言葉だ。目を見開いて、負け犬にだけはなるな、と娘に仕込む。どうせ、父親は呆れて離婚しているのだろう。娘の憎たらしい顔つきも最高!!ちょっと可愛いだけに憎さ百倍!ウォンカにすり寄って抱きつくところ、殺意を覚えた。

エステ馬鹿というか、自分のガキをキッズ・ビューティ・コンテストに出すような不快な親。流行の Kid's dancing の教室を覗いてみるがいい。似合わないおそろいのヒップ・ホップを着た不細工な親子が、目をランランと輝かせて、越後獅子のような踊りを狂ったようにやってるから。俺はアレが大嫌いだ!!子供をあからさまにタレントに育てたい親も掃いて捨てるほどいる。吐き気がする。

豚のように貪欲なデブ。ステレオタイプですが、このデブも意地汚い以上にマナーがなっていない。チョコレートを踏んづけるなんて。言語道断。豚にされなかっただけ感謝すべきだね。

金持ちのわがまま娘。嫌味なガキだね~。演技がうまい!本当はいい子だと思うよ。でも目つき態度顔つきがうますぎ!ガム女との心理戦の演技が素晴らしい!

ヴィデオ・ゲームの達人。こいつは日本人の糞ガキに似ている。ビックリマン・チョコを、中のカード欲しさに食わずにゴミ箱に捨てる日本の子供。生意気な口ぶり。人を見下して平気な態度。日本の糞ガキそのものだ。

意地悪な描写のすべてがやりすぎですごく可笑しい!貧乏なチャーリーの住む家も傾きすぎ。笑います。
                  CC3
我らがジョニー・デップ様演じるウォンカは、綺麗な顔して毒を吐く。俺の師匠そっくりだ。師匠にもどこか壊れたところある。そこが好き!ウォンカは父親との問題を抱えていた。クリストファー・リーの老けゆく父親の演技が重厚で素晴らしかった。歯科医の父親とウォンカの再会は口内目線のカメラで捉えられる。これがまた面白い!
CC2
自在に使われるCG!この映画に無くてはならない技術だ。もはや、「スター・ウォーズ」がいくらものすごいCGを使ったところで、結局、同じような場面ばかり。驚きは薄い。この作品で使われるCGのワクワクすること!これこそ映画だ。

「宇宙戦争」を見た人!あの宇宙人が操作するトライ・ポッドと、チョコレートを吸い上げるマシンが似ていたと思いませんか?トム・クルーズとダコタ・ファニングが、かごに入れられたあれ。あと、ハウス・テンボスのチョコレートの滝はしょぼかったが、この映画のチョコレートの滝は素晴らしい!ウンパ・ルンパとの会話。あの、Yes!の仕草は、俺と師匠の共通言語になったぞ!話すネタ満載。可笑しさもいっぱい!

「ネヴァーランド」で、けなげに成長するピーターを演じた少年がチャーリーを好演する。誕生日のチョコレートをみんなに分ける場面、泣きました。生ぬるい日本の子供に見てもらいたい。親にもしっかり見てもらいたい。どうせ、自分が笑われているとも気づかずに「ジョニーが素敵!」とか言ってるんだろう。やれやれ。

この映画は毒ですよ。悪意に満ちています。子供は子供で見た通りを受け止めてくれるだろう。子供にも悪意や毒は必要だ。俺は、毒を身体いっぱいに吸い込み、大笑いしてすっきりした。ほろ苦くて少し甘い、ティム&ジョニー印のチョコレートを味わって欲しい。

おまえら見ろ!!!!(いまさら・・・)

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「ドミノ」 キーラ・ナイトレイって知ってる? 

2005-11-02 12:20:46 テーマ:(た行)

実在のドミノの物語。キーラ・ナイトレイがこれ以上ない渾身の演技でドミノの真実をさらけ出す。甘ったれてひねくれて自暴自棄の若い女。美貌と名声に恵まれ、なおその環境を憎み、薬物に溺れる。そのスキャンダラスな生涯は、この映画制作中に本人が自宅の浴槽で死ぬことで伝説となる。

ドミノ・ハーヴェイ。賞金稼ぎ。スーパー・モデル。イギリス生まれ。有名俳優の娘。ビバリー・ヒルズに住む金持ち。レズビアン。2005年1月、自宅で薬物中毒の状態で死亡しているのが発見される。35歳。

      domino

おそらく、キーラ・ナイトレイはこのドミノに共感するところがあるのだろう。有名俳優の娘。美貌でお姫様役を演じて有名になる。「カリブの海賊」で、ジョニー・デップ演じるスパロウ船長に憧れるお嬢さん役がキーラだ。きれいだったな、というだけで印象ないでしょう。「ドミノ」では髪を切り、最高にクールでタフな「賞金稼ぎ」を演じる。
        キーナ
「ドミノ」は、キーラの壮大なプロモーション映画だ。キーラ・ナイトレイにしか魅力を感じない。ミッキー・ロークが大物賞金稼ぎを演じるのだが、なんだか腑抜けた演技。俺の好きな、クリストファー・ウォーケンはいい味わいで出てくる。顔は年とってだいぶ柔和になった。首なし騎士の首役だからね。おそらくノーメイクで。怖い顔なのだ。

賞金稼ぎとは何か?犯罪の被疑者が結審前に保釈金を積んで保釈されるが、期日に裁判所に出頭しない場合、懸賞金を出して被疑者の所在を確認し、警察なり裁判所に引き渡す仕事。合法の仕事だが当然危険が伴う。犯罪者以上の犯罪能力が必要なわけだ。
     キーラ
この映画は、ドミノがFBI捜査官に供述する回想が時間軸になっている。捜査官はルーシー・リュウだ。日本の魚のことを語ったりして妙なオリエンタリズムが入っている。

回想なので、子供時代の話、事件の語られる順番、登場人物が錯綜する。しかし、よく見ていると一種の犯罪成功物語になっていることがわかる。「Lock,stock and tow smoking barreles 」「オーシャンズ11、12」、タランティーノの「トゥルー・ロマンス」などと同じだ。悪い奴らは懲らしめられ、少し悪いけれど憎めない奴らはそこそこの成果を得る。死者はたくさん。

わかりにくいという人もいたが、俺にはよく理解できた。そんなに難しくないよ。普通に見てわかります。
     キーラ2
ツゥイストのあるストーリーよりも、キーラの迫真の演技で描き出される、ドミノ自身がこの映画の中心だ。センチメンタルな自己弁護のようなエピソードも、ドミノ自身の甘さを表している。映画の最後に母親とくつろぐドミノが出てくるが、所詮、跳ね返りひねくれ女の肥大した自意識の物語なのだ、とわかる。その生き方に共感できない。ただし、ものすごく格好いい。俺が女だったら憧れる。

爆発、暴力、殺人は現実に起こったことではないだろう。事実かどうかなどどうでもいい。ドミノという破滅する魂が存在し、その真実のかなりの部分をキーラが演じ、映画になったということだ。見たことのない斬新な映像、スピードあるアクションがある。

覚悟して見たら、見応えのある映画。空腹だったり、気分がすぐれないときに見たら、目が回って脂汗が出て最後まで見られない。年寄りが何人も退席していったぞ。きれいな女の子を見たい、というだけでは持たない。気合いを入れて見ろ!!!!凄い作品だぞ!!!!

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「TAKESHIs'」裸の王様「北野武様」の無惨な駄作。

2005-11-26 08:55:35 テーマ:(た行)

大物タレント「北野武」が、自分にそっくりなピエロ役者に出会う。ピエロ役者は「北野武」に憧れている。虚実が錯綜し、ピエロ役者と「北野武」の間にサスペンスが展開する。

自己言及型のメタ・フィクションのように見せて、その実、つまらないオチがついている。最低だ。思わせぶりなだけの駄作。見る価値はない。

俺の大好きな、デイヴィッド・リンチの傑作「マルホランド・ドライヴ」をやりたかった北野武。
             VFSH0313.JPG

    (この写真は記事と関係がありませんw)

大物タレントの「北野武様」の描写が鬱陶しい。ヤクザと付き合い、賭け麻雀で大負けして札びらを切ってみせる。「大物」の描写がこれだ。尊大ぶってテレビ朝日かんなかの楽屋に入っていく。京野ことみ扮する愛人を連れ回して。そのあたりはちょっと共感する。綺麗な女友達は見せびらかしたいものだ。

ベントレイだかなんだか知らないが、棺桶のような外国車で移動する大「北野武様」。最後にあの車をぶち壊すくらいやってくれたらまだ面白かったのだが、ポンコツのポルシェを壊してみせるだけ。高級車のレンタル料だけでいっぱいだったのだろう。せこいね。どこかで、ゴツンとぶつけて見せると思ったのに。

拳銃ですぐに人を殺す。結局、取り巻きだけを集めて、野原でチャンバラごっこをやっているのと同じだ。見るに値しない構成、脚本、編集。何度も同じ役者たちが出てきて、何度でも殺され、チャンバラをしてみせる。わかった、わかった。大「北野武様」はすごいよ。こんな、ガキ大将映画をカンヌに出せるんだから。

「座頭市」では、すべてがうまくいっていた。芸事に執着する姿勢。大工や農作業のタップは素晴らしかった。あれほどの才能が、こんな尊大で被害妄想に満ちた駄作を作るとは!エネルギーが枯渇している。

ギャグも全部滑っていて、一カ所も笑わなかった。「座頭市」ではあれほど笑ったのに。松村や内山君、ゾマホンが面白いか?夏目漱石の「我が輩は猫である」にも、異常な被害妄想描写があるが、この作品の岸本加世子はそれと同じ強迫観念を体現している。武の精神が異様だ。でも、まったく面白くない。失笑するしかない。

京野ことみが無駄に裸にされる。晩年のチャップリンも、異常な「ロリータ趣味」を露わにした。大「北野武様」もその域に達している。偉大かも知れない。京野ことみは、岸本加世子に微妙に似ている気がする。大「北野武様」の趣味だろう。

ピエロ役者のたけしというのも、うんざりだ。今はこんなにも偉大な本物の「北野武様」も、本当はしがない芸人なんだ、と言いたいんだろ?ありふれた韜晦。「ピエロの涙」っていうやつか。

いまさらよくそんなステレオタイプでいられるよな。イタリア・オペラのネタにもあるんだよ。レオン・カヴァレロの「道化師(パリアッチ)」っていうのを知らないか?白塗りの下の泣き笑いっていう趣向だよ。使い古され、手あかにまみれた安易な感傷だ。もう、たいがいにしてくれ。

ヤクザやチンピラの薄汚い台詞も嫌だ。なにが面白くて、チンピラの演技ばかり見せるんだ?意味がわからない。

気にくわないことだらけだ。わずかに、拳銃の音と光による「タップ」が星になるシーンがいいと思った。そのほかは映像の美しさもない。おなじみ海岸の場面も冴えない。ごちゃごちゃ人が出すぎだろう。美しくないじゃないか。北野武の映画は、シーンとした青い場面が綺麗なのに。わざと外しているのかも知れないが、トレイド・マークを敢えて外す理由がわからない。
     taichi2 taichi

      (早乙女太一君。大衆演劇の花形)


見事なタップや、ディスク・ジョッキー、ブレイク・ダンスのような舞踊、新体操のバレエのような美しい動きなど、
芸事に執着する姿勢は好きだ。早乙女太一という美少年が出てきて妖艶な舞踊を見せる。美輪明宏の歌も素晴らしい。「ヨイトマケの唄」を放送する根性のあるメディアがないから、映像として残しておくのは価値がある。フリーク趣味も評価すべきだと思う。芸人の血を感じるから。

作品は支離滅裂な失敗作としか言いようがない。残念だが。裸の王様、「北野武様」の自意識過剰で尊大な自画像でし

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「真実ゲーム」ハ・ジウォンの魅力に翻弄されてくれ。

テーマ:(さ行)

人気歌手のファン・クラブ会長ハン・ダヘが、歌手本人を殺す。ハ・ジウォン 演じる高校生ダヘは、私が殺した、と自首してくる。取り調べにあたるチョ検事はダヘが嘘をついていると感じ、真相を究明しようと躍起になる。

取調室のダヘは、チョ検事を翻弄する。なぜ、歌手を殺したのか?強姦されたから。証拠からはその事実が確認できない。何を隠しているのか?
ブロードウェイ
真実ゲーム
タイトルの「真実ゲーム」とは、韓国で流行った言葉遊びで、質問には真実しか答えなくてはいけないが、一つだけ嘘をついていい、というルールがある。ダヘとチョ検事は「真実ゲーム」に熱中していく。何が真実で何が嘘なのか?

歌手の関係者やファン・クラブの仲間たち、高校の同級生たちの人間関係が明らかになる。ダヘの母親も、看守や検事に金を渡して、手心を加えてもらおうとする。徐々に手がかりは見つかり、真相が見えてくる。韓国の女子高校生のいがみ合いや、歌手の追っかけの様子が面白い。

主演のハ・ジウォンは、「ヴォイス」の主演 で有名になった。俺は「ヴォイス」で、すっかり、ハ・ジウォンのファンになった。この「真実ゲーム」は、「ヴォイス」より前の作品で地味なサスペンスだが、ハ・ジウォンの魅力がよく出ている。

強い眼差し。きりっとした顔立ち。捨て身の迫力ある演技。見ている俺も、取り調べのチョ検事と同じように、この少女に幻惑され翻弄される。

サスペンスとしてもきちんと出来ている。最後に真相も明らかにされる。どうにでも取れるような思わせぶりの演出はしていない。良くできたテレビの二時間サスペンス、というところだ。

内容はあまり気分のいいものではない。芸能界の裏の姿と、ファンクラブの女の子たちの悪夢と言ったところか。

ハ・ジウォンに興味のある人には、ぜひ、とすすめる。見所がたくさんあって得した気持ちになれます。アン・ソンギのハンサムぶりも素晴らしい。中年のかっこいい検事を渋く演じている。

面白かった。

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「ステルス」 ジェシカ・ビール見たさに・・・・。

テーマ:(さ行)

ディスガスティング・ムーヴィーの代表作「テキサス・チェインソウ」 で、サイコパス一家の虐殺から一人生き残ったジェシカ・ビール嬢 。その迫力ある肢体に目は釘付け。顎の強そうな整った容貌も俺の好みだ。アメリカ映画をたくさん見ているうちに、ニホンジンの、まるまっちい幼児顔が鬱陶しくなってきた。やっぱり、マッチョはジェシカ・ビールだぜ!

俺のジェシカの今回の任務は、U.S.Navy Air Force が誇る、精鋭ステルス戦闘機のエリート・パイロット。真っ白の制服姿も決まってるぜ、ジェシカ!おっと!髪がアップだと老けて見えるな、ジェシカ!おばさんに見えるぜ。

怒るなって!ジェシカ。

おばさんと言っても、俺の本当のおばさんのことだ。俺のおばさんの若い頃にそっくりだ。高校の頃、俺はおばさんと買い物に行くのが好きだった。なに?おふくろ?そのへんに寝てたんだろ、きっと。そのおばさんが、ジェシカのような顔だったんだよ。背もすらりと高くジェシカのような美貌だった。自慢のおばだ。
       JB
   (このストライプきれいですね☆70年代調のデザイン?)

叔母と一緒に修学旅行の買い物に行ったら同級生に出くわした。翌日、あの女の人は誰か?とみんなに問いつめられた。嘘のような本当の話だ。ジェシカの鼻の形、顎のライン、眉、目。俺の記憶にあるおばさんの顔だ。今は歳もとったが、すらりとした姿、美貌は変わらない。今まで忘れていたが、今日はっきり思い出した。ジェシカは俺のおばさんだ!ジェシカおばさん☆萌え~♪

映画は・・・・。

ツービート時代のたけしのネタに、「どう見てもウンコが落ちている。どこからどう見てもウンコだ。拾って確かめてもウンコだ。匂いを嗅いだらやっぱりウンコだ。ちょっとなめてみたら間違いなくウンコだ。・・・・・・・・・ああ、よかった!踏まなくて!!」というのがあった。「ステルス」は正真正銘の糞映画だ。しかも俺はそれを踏んでしまった!!

人工知能搭載の無人ステルス機が、なんと落雷を受けただけでバグってしまい暴走するという話。ゆるゆるです。登場人物たちの知性のかけらも感じられない愚鈍な会話・・・。

ジェシカ嬢の最初に印象に残る台詞は「Don't think ! Drink !!」「I must to go pee-pee !」だよ。「考えるな!飲め」と「おしっこ行ってくる!」だもの。この映画の質が分かる。
       ST
いっぱい書いてみたいあほらしさがあるのだが、ジェシカ嬢に絞って書く。

狂った無人ステルスを追尾中、事故で脱出することになるジェシカ嬢。間一髪、パラシュートで地上に降り立つが、そこは北朝鮮。当然、朝鮮人の兵士が追いかけてくる。それをなんの知恵も使わずただ走って逃げる。

捕まりそうになると、持っている強力な銃で殺しまくる。そうこうしているうちに、ジェシカ一人を助けるために、ものすごい税金を使ってステルスが超低空飛行で北朝鮮に侵入する。国境警備隊を爆撃し、韓国へジェシカたちを逃がす。なんの罪もない朝鮮人が何百の単位で殺される。朝鮮人蔑視だ。

そのほかにも、タジキスタンの犯罪者たちを殺すのはまあよしとしよう。その結果民間人が1,000人規模で放射能に汚染されるけどかまわないんだな?ロシアの領空を侵犯しそうになって、ロシアの戦闘機が追尾してくると、ロシア機も爆破する。ロシア人は殺してもいいんだな?

アメリカ人でただ一人死んだ男の葬儀は盛大に行われる。狂ってるよね。ジェシカ、泣いたりして。バカだねぇ。

知性を麻痺させなくては見ていられない映画なのだ。しかもこの映画は、英語がしゃべれるというだけで(書けないかも)知性ゼロの人間に、空軍に入るように促す国威発揚映画になっている。怖いね、さすがにアメリカは。考えるな!とにかく空軍に来い!だもん。

ジェシカのようなゴージャスな美女もいるしさあ。偉くなったらタイにだって行けちゃうよ!アジアのかわいこちゃんなんてすぐ口説けちゃう。ジェレミー・フォックスが、タイのグラマーな女の子をナンパする場面には怒りがこみ上げる。(まあまあ。アホ映画だから・・・・)。

タイで休暇を過ごすジェシカたち。意味もなくジェシカは半裸になる。ごっつい水着姿がすさまじい。アメリカのマッチョはやっぱ違うなあ!あれがセクシー・ナンバーワン なんだから。ものすごい腕と背中の筋肉ですよ。顔は俺のおばさんだし。ひくわーーー。

航空自衛隊のパイロットに知人がいた。訓練中、海に落ちて死んだ。そいつが言っていたが、マッハの世界では思考できないのだそうだ。考えて逡巡すると、恐ろしい距離が飛び去っていく。マシンになって反射で行動するしかない。日本列島を10分ぐらいで北から南まで飛べるんだもんね。「Dont't Think !」という言葉はリアルな言葉だ。そうやってイラクでもどこでもアメリカ人は飛んでいくのだ。考えていたら原爆なんか落とせない。判断なんかしてはいけないのだ。兵士というものは、人間性を削り取って機械になるしかない。そのような恐ろしさを、このとことん非知性映画から感じた。

書き忘れたが、ジェシカさあ、もっと仕事選べよな!出たらまた見るからな!期待してるぜ!!
<なぜかマッチョ口調になっちゃう(笑)>

オーランド・ブルームのエリザベスタウンに出ていますね。キルスティンが出るので見ようかな、と思ったけどジェシカも出てるなら見るの決定。

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「SIN CITY」 売春婦とチンピラの心意気!!

テーマ:(さ行)

この上なくエロティックで魅力ある売春婦たちは、自分たちの商売の街「Old town」を、ギャングや無法者から自力で守る。武装し、用心棒を雇い平和は保たれる。警察は自衛する売春婦たちを見逃すかわりに、さんざんいい思いをさせてもらえる。それがお互いの間の「約束」だ。

売春婦、チンピラ、裏切り者、異常者、巨悪の政治家、悪徳刑事、冤罪に陥れられる刑事、犯罪被害者の可憐な少女、モンスターたちが、頽廃の街「BASIN CITY」を舞台にうごめく。

イギリスのイスラム社会も、ロンドン・テロが起こるまでは、英国政府と「約束」が成立していた。政府は、パキスタンなどから来る、移民イスラム教徒の町、リーズなどでモスリムの文化を謳歌することを容認する。そのかわりイスラム教徒たちは英国に対し、テロや反社会活動を決してしない、という不文律があったのだ。

日本にだっておおっぴらにそのような取引関係があるのをおまえら知ってるか?パチンコ業界と警察官僚のバーターだよ。日本では賭博は犯罪だ。麻雀や賭けゴルフで直接金をやりとりすると逮捕されるんだぜ。だからパチンコやパチスロは、パチンコ屋で交換した景品を買い取るという形で、出た玉を金に換える。これは脱法行為だ。昔は警察がこれを取り締まっていた。これを警察はあることの見返りに見逃すことに決めた。

パッキー・カードとか言う玉交換カードを使って玉を買う仕組みになってから、景品と金の交換は合法になった。パッキー・カードは、パチンコ屋が、売り上げをごまかさないために導入されたものだ。それを入れろ、そうしたら、景品買い取り=出玉を金と交換することを見逃すから、ということだ。で、そのパッキー・カードの運営会社に警察官僚が天下るんだよ。パチンコ利権だよ。警察は今現在、パチンコの上がりで甘い汁を吸っている。

漫画の世界だろ?これが人間の社会の実像だ。警察官僚だった自民党の衆議院議員・平沢勝栄にパチンコ業界から5,000万円のヤミ献金があった、と噂されただろう。あれはこのような背景からあり得る話なのだ。平沢勝栄がこのバーターを積極的に推し進めたのだから。

モノクロに鮮やかな色が施される。ぞくぞくする映像美にしびれっぱなしだ。古いアメリカのテレビシリーズのようでもある。「アンタッチャブル」とか。「グラフィック・ノヴェル」の映像化だ。アメリカの「劇画」ということころか。スタイリッシュな映像は、劇画の世界を忠実に再現しているとのこと。

モノクロ映像はコクがある。映画というものが光と影だけでできていることを思う。雨の場面。夜の街の場面。迫る黒い人影。白く光る眼鏡。フィルム・ノワールだ。映像を見るだけで胸がときめく。女たちの白い肌も際立って美しい。

渋い俳優がたくさん出てくる。俺の好きなマイケル・マドセン。汚い裏切り者を渋く演じる。ブルース・ウィリス。「パルプ・フィクション」のブルースだ。もともと汚い顔をこれでもかと汚く不細工に演じるミッキー・ローク。不死身の化け物ぶりが面白かった。「エターナル・サンシャイン」で異常なストーカーを演じたイライジャ・ウッド。今回も強烈な変態ぶりだ。こんな役ばっかりで可哀相。可愛い顔してるのに。クライヴ・オーウェンも渋かった。

デヴォン・アオキを知っているだろうか。日系人でアメリカのティーンのカリスマ・ファッション・モデル。そばかすがチャーミング。独特の雰囲気を持っている。「KillBill」の、GoGo夕張の役どころ。もっとクールで、そう言えば一言も台詞がなかったな。出てくる女優たちはそれぞれに美しくセクシー。売春婦の役だが、腹の据わった演技をする。そして、ジェシカ・アルバ!なんと可憐で美しいことか。ジェシカを見るためだけにもこの映画は見る価値がある。重要な役を演じる。

ベニチオ・デル・トロが演じる実に嫌な男。殺したくなる。そしてぶざまに殺される。ところがこの男、死んでからがすごく面白い。だんだん好きになってくる。何度かこの男のせいで爆笑した。この男がやっかいの元なのだ。

俺の大好きなタランティーノが特別監督とかいう訳のわからない役割でクレジットされている。この作品全体は、まさにタランティーノ好み。大傑作「パルプ・フィクション」に「Kill Blill」のキッチュなところを混ぜたような作品。

この作品こそ、文字通りの「パルプ・フィクション」なのだが。取るに足らない三文小説。読んだらゴミ箱に投げ捨てる通俗スリラー。誇張された人物像に、あり得ない、と言う映画評論家多数。バカだね。この映画の楽しみが解ってない。漫画だもん。読んでその場だけ面白くてあとは捨てればいいんだ。車のぶっ飛び方とか、爆発シーンで人のぶっ飛び方とか、コミックそのもの。わくわくしますよ。

女性の描写がいい。モノクロにごく一部微妙に色を乗せる手法が素晴らしい。目が青かったり、薄く緑だったり、真っ赤な口紅、シーツ。美しく効果満点だった。愛着を感じるマニアックな作品。人間ドラマがお好みならまったく「お呼びでない」作品です。

俺は大満足。心の底から楽しんだ。長いのも気に入った。師匠も、短い映画見ると損した気分!と言っています。たっぷり、映像と、クールな売春婦、チンピラたちの心意気に酔った。

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「シンデレラマン」きれい事にすぎるシンデレラ・ストーリィ。

2005-10-05 02:03:24 テーマ:(さ行)

ラッセル・クロウは汚れない。試合後のボクサーの顔を見たことがあるだろうか?当日より翌日がすごい。ボクサーを目指していた友人がいる。デビュー戦を見にいった。生身の人間の殴り合いは恐ろしい。結果は1ラウンドの途中で友人が相手のサミングで瞼の上を切り、血が止まらずドロー。

なあんだ、と思った翌日。あれしか戦っていないのに友達の顔は、目が塞がり顔は腫れ上がる。顔中ひどい青あざができている。それを見て、初めてその男が取り組んでいるものの感触を得た。

ラッセル・クロウのブラドックは体形、雰囲気ともにタフなアイリッシュのボクサーだ。惜しいのはボクシングに対する狂おしい情熱を発散していないことだ。

実在した偉大なボクサー、ジム・ブラドックの物語。初めて知った。素晴らしいボクサーだ。尊敬に値する。しかしこの作品は実話を越えていない。実話を美化した「プロジェクトX」だ。

成り上がりの不動産業者が「地あげ」で財を成し、自社ビルを持つにいたる。苦労の末たどりついた成功を涙ながらに語る。ゴースト・ライターが手際よく纏め、豪勢な自費出版の本を出す。タイトルは「我が半生」。

バブルの頃そんな本を買わされた。売ってくれ、と何冊も持たされた。立派なハードカバーの本を1ページも開かず駅のゴミ箱に捨てたのはその時だけだ。

実際のブラドック氏がそのような人物であるわけはない。事実がどうかではなく作品の話だ。

どこが綺麗事か?

主演のラッセル・クロウ自身が持っているはずの「狂気」が作品から感じられない。ボクシングをやるなんて普通のことではない。この狂気は敵役、マックス・ベアにうまく表現されていた。俺はマックスに魅力を感じ、最後の試合もマックスを応援してしまった。汚いロウ・ブロウを放ち、なめた態度の狂犬。死んだ方がましな嫌な奴だ。こいつこそリアルなボクサーだ。

ラッセル・クロウはクレバーでスマートな良い家庭人を演じる。僅かな稼ぎをギネスに費やすろくでなしではない。それはそれでいいのだが、そこが不満だ。辛い苦役を紛らわせるために酒でも飲んで暴れるのが人間だろ?唯一、怒りを爆発させるのが、子供をよそに預けたとき。泣かせますね。

監督は、人の「心の魔」を避けているから嘘臭い綺麗事になる。前作の「ビューティフル・マインド」にも同じ印象を持った。特に幻覚の人物たちが陳腐だった。後半、コントのタイミングで登場する彼らに失笑を誘われた。あの映画も実在の人物の方に、より強烈な存在感を感じてしまう。作品が事実に負けている。

これは映画として良いことなのだろうか?実話に材を取っていても実話の美化で終わる作品はつまらない。この作品を見て新しい何かを得た気がしない。見たことのない視野も拓かれなかった。俺が映画で見たいのは「いい話」ではない。目が見開かれるような熱意が見たい。俺の日常のくだらなさが打ち砕かれる「何か」を見たい。馬鹿な話を大まじめに作っているとんでもない馬鹿を見たい!

ミリオン・ダラー・ベイビーの原作が入ったF.X.トゥールの作品集「ミリオンダラー・ベイビー」。その中の短編「魔法の世界の一員」に、アイリッシュのボクサーの物語が書かれている。この作品集は、ボクシングにまつわる人々を鮮やかに切り取って心に迫る小説ばかりだ。止血をするカットマンの話など、ディテイルがよくわかって、この映画を見ているときも止血の手順を興味深く見た。

親父は熱烈なボクシングファンだった。(略)ミックやパディと呼ばれて軽蔑されたアイルランド人たち---彼らは船に詰めこまれ、その三十パーセントは途中で死んで海に投げ捨てられたと考えられる年季奴隷としてこの国に渡ってきた多くのアイルランド人の中の偉大なアイルランド人ボクサーたちに、彼は心を奪われたのだ。(ハヤカワ文庫<NV1082>ミリオンダラー・ベイビー F.X.トゥール 東 理夫訳)

ボクサーになるのは、アイリッシユか黒人かユダヤ人たちだ。アイリッシュがつける仕事は、港湾労働などの肉体労働、警官や消防士など、人の嫌がる仕事ばかり。それしか仕事がないから。そのような苦痛と貧困の中に煮えたぎる情念を燃やし続けているのがアイリッシュだ。

この作品に感動する人は多いと思う。泣くタイミングが音楽と映像で解りやすく指示されている。うまいと思う。だがエンドロールが流れるのを見ながら心の底から湧いてくる感情が希薄なことに気付いた。

同じボクシングを扱っていながら全くボクシング映画ではない「ミリオン・ダラー・ベイビー」の衝撃と悲しみを改めて思い起こした。ボクシングの痛みが伝わってきた。

ラッセル・クロウ!つまらないことで怒り狂って大騒ぎする本来のお前のほうがかっこいいぞ!それこそアイリッシュの血だ!お行儀良すぎてこの映画のお前はつまんない!アカデミー賞なんか気にするな!もっとぶち切れた演技ができるはずだ。そんな事を思いました。

素直に見れば普通にいい映画だと思う。なんの根拠もないのにジムに賭けるマネージャーのジョー。「噛ませ犬」とわかっていて試合を金のために引き受けるジム。パーティで侮辱されたら、侮辱した相手に酒をぶっかけるジョーの妻メイ。いつぶっかけるか、タイミングを学んだ。そうしたかったが出来なかったことをいろいろ思い出したりして。

ステーキを子供のために持ち帰る場面は、実話なのかも知れないがあざといな。試合に勝って家に帰ってきて、落胆した素振りから「勝ったよ!」とやるサプライズ。ボクシングの凶暴さが、やけにダウン・サイズされてないか?ホーム・ドラマじゃないんだから。あ、ホーム・ドラマか。。。そこが俺の間違っているところだ。

冒頭に、金持ちになったジョー一家を映し、画面がスクロールして暗転、貧乏な時代に戻る手法も意味を感じない。このような話は、美化しないで、凝った作りにしないでまっすぐ作ったらいいのに。「ロッキー」の方が泣けるし盛り上がるぜ。ボクシングをやっている友人は「ロッキー」見てボクシング始めたんだよ。この映画見てボクシングやりたくなる人はいないだろう。ボクシングの映画じゃないからだ。身体に訴えるボクシングの狂おしさと魅力が描かれていない。「毒」がないんだよね。

蛇足の上に靴下だが、ボクサーの声。一流のボクサーは声が高いんだって。F.X.トゥールの本に書いてあって、むやみにおかしかった。ラッセル・クロウ、声低すぎ。言いがかりだね、こんなの。。。。

すげー悪口ばかり書いた。自分の人格が嫌だ。でも今日見て思ったことを丁寧に掘り起こして書いたんだから怒らないでね。絶賛しているブログは多いから、敢えて違う視点から書いてみました。ご意見ください。

ついでにおやすみなさい。また夜更かしだ。

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「コラテラル」かっこいい男がかっこつけるとかっこわるい。

2005-06-07 18:22:21

テーマ:(か行)

トム クルーズは、動きも洗練されていて、かっこいい。ひげ面の風貌も決まっている。まずいのは、「殺し屋」が気取った台詞を吐くことだ。不細工な性格俳優が押し殺したようにつぶやけば胸に来る言葉も、トムが説教臭く語ると説得力を失う。

「殺し屋」コントのような場面が頻出した。

ジェイミー フォックスの演技も素晴らしい。しかし、演技がすべる。「殺し屋」をあっけなく撃つ場面がある。やったー。そうそう!と思ったら、殺し屋はゾンビのごとく立ち上がる。すごく元気に走ってくる。

なんだよ!それ。

一番がっかりした場面だ。

いや~、正直この「殺し屋」を一言で言うと「ドジ」。変化する状況に適応するのがプロだ、みたいな小理屈をいっぱい言うが、基本が出来ていない。

東京に住んでいて、職業が「殺し屋」でない俺でも、持ち物ぐらい、もっと気をつけるぜ、普通。

こともあろうにこの「殺し屋」、何度も持ち物でトラブる。アホか。少しは学べよ。だから、下手くそなアドリブに頼ることになる。その場しのぎのアドリブなんて、ただの逃げですよ。お前とは絶対セッションしないからな!!

ジャズが好きとかいう設定も気にくわない。有名なジャズプレイヤーの経歴を言い間違えたから殺す、なんて最低だ。

激しくむかついた。

ぬるいのは嫌いだ。熱いか冷たいかであってほしい。

トム クルーズ演じる殺し屋ヴィンセントは、ぬるい。共感できない。地下鉄の椅子の上で一生死んでろ!と悪態をついておこう。

見るほどの価値はない。俺の悪態を味わうためなら、見るがよい。一緒に悪口言おうぜ!!

殺し屋ヴィンセントと聞くと、タランティーノの「パルプ フィクション」の、トラボルタ演じるドジな殺し屋を思い出す。トラボルタが最高の演技をしている。トム クルーズの殺し屋ヴィンセントが間抜けに感じられたら、トラボルタのヴィンセントをぜひ見てくれ。もっと激しいアホを見られます。惚れます。

この映画をほめてた奴は、ナショナルトレジャーを最高に面白い、と言っていた奴だった。おれもうかつだ。二度もだまされた。もうだまされないからな!お前の映画評は一切読まないことにする。名は伏せます。武士の情け。

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「アモーレス・ペロス」 ガエルのデビュー作。

2005-10-10 11:18:56

犬の愛、という意味だそうだ。ペロスが犬。笑える。

ガエルが、切れ味のいいナイフのような演技をする。抜き身のナイフで触ると怪我をしそうだ。物騒な男。エメラルド色の目が、めらめらと燃えている。世界中のイケメン・ハンターの女子たちを魅了した目だ。
        アモーレス・ペロス
全体が三話のオムニバスになっており、冒頭の交通事故がクロスワードの交差点になっている。三話とも犬が重要な役割で出てくる。

太宰治が書き留めた井原西鶴の「諸国話」の中に「猿塚」と言う話がある。人間が哀れみをかけた猿が心得顔に人の真似をして大事な赤児を殺してしまう話だ。この映画の犬畜生のあさましさを見てその話を思い出した。

兄弟が二組出てくるが、どちらもひどい憎み合いをする。全体に登場人物たちに共感できなかった。

兄嫁に懸想する弟。一瞬の事故で身体も名声も失うトップモデルとその女を囲う編集者の男。謎の浮浪者。

いずれも有頂天の瞬間を味わったと思ったら、思いがけない挫折を味わい物語から退場していく。「いずれも失われしものなればなり」。思わせぶりで俺は共感 しないぜ。馬鹿な人物の馬鹿さ加減はよく表現されている。メキシコシティ(だと思うけど)の暮らしぶりも垣間見えて楽しい。

メキシコの男の切れやすさには閉口する。ジュントルマンぽい男も激昂して怒鳴るわめく叩く。ラテンの血ですね。アンアグロサクソンからバカにされるのも分かる気がしちゃうよ。

金持ち実業家が昼飯を食っている日本料理屋。猪口で酒を飲む背後に下手くそな「習字」が掛けてある。文字は平仮名で「みかど」。小学生が書いたような文字で。吹き出した。

ついでに。兄嫁は女子大生なの?数学の試験がある、と言っているのに、子供がいて二人目もはらむ。女子高生のような超ミニスカートで登場する。足がすごく 長い。ソックスもルーズ気味の白。上半身は顔も含めちょっと歳がいってる感じ。ガルシア君も欲情する男好きのする可愛らしいお姉さんだ。蛇足ですが。。。

ガルシアが最後、宇宙人のようになって出てくる。見ようによっては頽廃の極み。エロティックですよ。ガエル・ガルシアのデビュー作ですから関心のある女子は必見。

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「オーシャンズ 12」ゴージャスで楽しい犯罪コメディ!!

2005-10-14 14:00:39 テーマ:(あ行)(う゛)

マット・デイモンをからかうネタが最高だ。アムステルダムでマツイに会いに行く場面。飛行機の中で今度こそメインの役をやらせてくれ、とブラッド・ピットに頼む無邪気なマット。役名はライナス。スヌーピーに出てくる、毛布を引きずった天才坊やを嫌でも思い出す設定だ。

マツイとの交渉場面。ブラット・ピットとジョージ・クルーニーがいいようにマット・デイモンをからかう。マットデイモン、おいしいところをもらう。どう演じてもあれは受ける!最高です。

「ティーム☆アメリカ」 で、マット・デイモンにそっくりの人形がただ一言「まっと・でいも~ん!」と叫ぶギャグがある。マット・デイモンはからかいたくなるキャラだ。「The Bourne Spremacy」 のBourne役はめちゃくちゃ格好いいんだけどね!

キャサリン・ゼタ=ジョーンズ。ラテン系のこしらえで、哀愁を帯びたギターの音色を伴って登場。情熱のラテン系っぽいが、次に出てくるときはペイテレビ「ミステリ・チャンネル」 でおなじみの女刑事。(cop=警官ではありませんので・・・。念のため)。イギリスやフランスの女性捜査官シリーズものだ。

ユーロ・ポールの有能な女刑事キャサリン。ところが上司から信頼がない。大きな盗難があることを察知するが、捜査令状を・・・・・・!えええええええ?そりゃあないだろ、セニョール。犯人をつかまえたって起訴できないじゃん!

でもいいんです。可愛いキャサリンのすることだから。このあたりから「格好いい」ではなくて、「ターミナル」 でおなじみの、ちょっと抜けてる「バカ女」キャラが出てきます。こっちのキャラの方が好き!

前作「オーシャンズ 11」 では、胸のすくようなトリックでアンディ・ガルシアを唖然とさせた面々。今回は生彩を欠く。やることなすこと裏目。全員逮捕。ありゃりゃ?

でも、そう言えば、ブラット・ピットとジョージ・クルーニーは知ってたような。。。二人だけの会話は見逃せません。「全部をよく聞いて、よく覚えておくこと。」これは、小僧、マット・デイモンに言っていたのではありません。観客に向けて言っていたのです。訳の分からないジョークで騙されてはいけません。この脚本家、そうとう頭がいい!

極めつけは、ジュリア!!!!おお!ジュリア!

オーシャン婦人、テスです。この人が終盤で加わってくるところ最高!!こんなに面白い場面はめったにあるものではありません!ジュリア・ロバーツという女優が好きになった。プロに徹している。この役を引き受けて、楽しげに演じているジュリアを見てそう思う。人柄がいいに違いない。そうでなければこの役はなかなか出来ません。この場面、涙を流して大笑いしました!最高!!!

ブルース・ウィリスもカメオで出てきた、と思ったら、何故かブルース・ウィリスのままです。これが可笑しい!

FBIのおばちゃん捜査官もステレオタイプで可笑しかった!「おばちゃん」なんて失礼ですが、「おかーちゃん」よりはいい表現でしょう(笑

どこをとっても可笑しくて可笑しくて。マツイのネタは「ロスト・イン・トランスレイション」 だ、とか言われて悔しがるライナス坊や。どこがどのように「ロスト・イン・トランスレイション」なのか、「オーシャンズ 12」をもういちど見ようと思います。

とりあえず、興奮状態のまま、第一報。この映画、俺のまん真ん中!!命中!大好き!!

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「オーシャンズ 11」最高に格好いい金庫破り!!

2005-10-13 12:23:48
手ごわい有能な敵の裏をかいて大金をせしめる。なんとわくわくすることだろう。泥棒ですよ。犯罪ですよ。でもいいんです。映画だから。

とにかく痛快なストーリー。11人の芸達者が持ち味を生かし大活躍する。一番格好いいのはジョージ・クルーニー。顔の長さがジュリア・ロバーツにぴったり(背も・・)。最後までいいところをさらっていく。大金を盗まれるアンディ・ガルシアもうまい。敵が馬鹿だとこの手の話はつまらないからね。

「ボーン・スプレマシー」で最強マシン、ボーンを演じているマット・デイモンもこの映画では、Kidとか呼ばれて小僧扱いだ。こいつがドジなんだ。この映画最大のハッタリ、例のマシンを盗む場面でのヘマには笑った。あのマシンと盗みの場面の甘さがこの映画最大の弱点かも。でもいいんです、結果がすべてだから。

さまざまなトリックも気が利いている。指紋照合でしか入ることの出来ない金庫室にどうやって潜入するか?答え。敵の金庫番に正規の手順で運んでもらえ。

昔の推理小説にはルールがあった。インド人を出すな。インド人は魔術を使える。イギリス人にはインド人の名前も顔も覚えられない。だからインド人を推理小説に出すのはアンフェアだ。世界が狭い時代の人種差別ルールです。ひどいでしょ?

この映画のトリックにはインド人は出ない。中国系が微妙に出てくる。重要な役割を持っている。日本人も中国系に同じステレオタイプを持っていますよね。お約束通りの働きをする。

ここぞというときに繰り出されるギャグも素晴らしく、金庫前の、あと20秒の場面には笑った。マット・デイモンが抜かりのないところを見せてくれます。

ラスベガスの美しい夜景を見ながら一仕事なし終えた面々。ドビュッシーの「月の光」が美しくオ-ケストレイションされて盛り上がる。感激が胸に溢れ、涙すら浮かんでくる。え?泥棒の話なのに???

モーツァルトの「魔笛」にこんな場面がある。主人公のパミーナとタミーノの前に、悪者の手下が押しかける。この窮地に、味方のパパゲーノ(ビッグ・バードのような扮装のコミカルなキャラ)が、銀の鈴(グロッケン・シュピール)をうち鳴らす。すると敵の手下たちが、

こりゃ、なんと素敵な響きだ!
こんなきれいな音は聞いたこともない!
ラララ、ラララ、ララララッ!!

と歌い出し、踊りながら去ってしまう。

んな、馬鹿な。で、そのあとパミーナとタミーノはこう歌う。

誰でも男は鈴を見つけたら、敵は苦もなくいなくなる。
敵がいなければ、みんな友情の和やかさの中に幸せに暮らしていける。

鈴があって、音楽が流れたら、みんな幸せ!

「魔笛」の舞台を見てこの場面にくると、心からそう思う。俺にも鈴があったなら。みんなが仲良くできたらなんて幸せなんだろう、と。感激で胸がいっぱいになる場面です。これが音楽の魔術です。音楽がこんな子供っぽいメルヒェンを真実のものにしてくれます。

音楽はすべてを納得させてくれる。どんな荒唐無稽なマシンでも、それはないだろうというトリックでも、事が成就して素晴らしい音楽と映像が身体中を包み込み、ああ、よかった、と納得させてくれるならそれでいいんです。

この映画はそんな楽しみに満ちた素晴らしい作品だ。面白い上にこんなに感動するなんて思っても見なかった。やられたよ、オーシャン!12も楽しみにしてみるからな!!!

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井上陽水と語る。

2006-01-15 03:01:31

俺が子供の頃、その頃の「若い連中」が聞いてた井上陽水。カリスマ視され、テレビには出ず、覚えているのは大麻所持で逮捕されたこと。レコードが売れ金持ちのはずなのに家に閉じこもってカップラーメンを食べていた、という悪意に満ちたのぞき報道を記憶している。1977年のことだ。
最近、思うところあって井上陽水が聞きたくなって聞いている。いままでに知っていた曲と言えば「人生が二度あれば」「傘がない」「夢の中へ」ぐらいかな?あとは最近の奥田民生がらみの曲とか。特に詳しいわけでもファンでもない。
井上陽水, 平井夏美, 奥田民生, 佐藤準, バナナ-U・G-カワシマ, 星勝
GOLDEN BEST SUPER
数年前、その頃つき合っていた若い女の子と話をしていて、俺がELTの持田香織の顔が可愛いと思う、と言ったら、爆笑された。そんなもんか、と思っていたら、あるラジオ番組で井上陽水が異常に持田香織が綺麗だ、と言っているのを聞いて井上陽水を聞いてみたくなった。そのことは忘れていたが、いま見てみると井上陽水は着実に持田香織に接近し、楽曲も提供し、一緒にCDを作っている。おっさん、やるな☆

そういう生々しいところが俺は好きだ。聞けばわかるが井上陽水の声はエロい。誰にも真似の出来ないエロスを発散している。おとこおんなのような妖しい声で歌う。女の気持ちを正確に歌ってみせる。「飾りじゃないのよ涙は」の素晴らしいこと!!何度聞いても胸に迫る。ガキには決して分からない心象風景だ。確実に傷ついた女に憑依して叫んでいる。

どれもこれも語りたい曲ばかりだが、インテリ向けにこんな曲を。ちょっと面白いでしょ。すねてるのが可愛いじゃん。斜に構えるのが格好いい時代の感性ですよ。真っ正直なものを否定してみせる。鋭い現代批判、なんて頓珍漢なことを言っている人もいますがそんなことはどうでもいい。ちょっと面白ければそれでいいんです。

「ワカンナイ」
雨にも風にも負けないでね
暑さや寒さに勝ちつづけて
一日、すこしのパンとミルクだけで
カヤブキ屋根まで届く
電波を受けながら暮らせるかい?

南に貧しい子供が居る
東に病気の大人が泣く
今すぐそこまで行って夢を与え
未来の事ならなにも
心配するなと言えそうかい?

君の言葉は誰にもワカンナイ
君の静かな願いもワカンナイ
望むかたちが決まればつまんない
君の時代が今ではワカンナイのよ

日照りの都会を哀れんでも
流れる涙でうるおしても
誰にもほめられもせず、苦にもされず
まわりの人からいつも
デクノボウと呼ばれても笑えるかい?

君の言葉は誰にもワカンナイ
慎み深い願いもワカンナイ
明日の答えがわかればつまんない
君の時代のことまでワカンナイ

作詞・作曲 井上陽水
編曲 後藤次利
From「LION & PELICAN 」1982.12

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桂文楽「寝床」ディレッタントの悲しみ。

先代の桂文楽。おなじみの「寝床」。いまの文楽「ぺやんぐ」の桂文楽は下手くそ。文楽の名を汚す下駄面。俺は認めない。

桂文楽(八代目)
落語名人選 寝床/素人鰻

人情家で慈善家、面倒見のいい大家さん。唯一の欠点は義太夫を語ること。素人だから下手なのは仕方ない。この下手さ加減が詳細に語られる。まともに聞いたとたん熱を出して寝込んだおばあさん。医師の見立ては「義太熱だ」。くだらない。実にくだらない。でもこのくだらないフレーズがたまらなく可笑しい。

この落語をはじめて聞いたのは小学生の頃だ。文楽の録音で聞いた。さっき聞いたのも含めて少なくとも200回は聞いているだろう。ほとんどのフレーズは記憶している。くすぐり(所謂ギャグのことですな)も知っている。でも聞く度に笑ってしまう。口調というかタイミングと言うか。芸人に言わせると「間」というやつだ。

下手だけど、金があるからみんなを招いて義太夫を語るにあたり、料理人を雇い、酒やお茶、お菓子の段取りまで心を尽くして長屋の店子や自分の店の従業員をお客さんとしてお迎えする準備をする。

招かれる側は大家さんが義太夫を語るとなると、涙ぐましい言い訳をして義太夫を聴かない算段。苦労人の番頭が旦那の機嫌を損ねないように様々な言い訳をする。これがとてつもなく可笑しい。言い訳を列挙してみよう。どうせ暇だから。

提灯屋。因果と義太夫好き。お得意に開業式があって、ほおずき提灯を混ぜて三束五十ばかり請けあって今晩の内に仕上げなくてはならない。「こういう仕儀であるからせっかくのお催しであるが今晩はうかがわないからあしからず」というお断り。

大家のコメント。「なんて因果な奴だ。この前も私の義太夫が聴かれなかった。力落とすといけないから、この頃に暇なときに刺しでもってみっちり聞かしてやるから力つけてやんな。」

金物屋。無尽があって「初回が親子内の無人。親子内の無尽に不参をするわけに行かないから残念ながら伺わないからよろしくとの・・。

大家「まあ用なら仕方がない。こっちは遊びだよ。」

裏の吉田の息子。今朝商用でいちばんで横須賀に立ってお帰りは終列車。もっともおっかさんがいらっしゃいますが、お年寄りでお風邪をめしまして。大変に寒気がする。こういう訳であるから伺わないからよろしく。

大家「今年はまた病人が多いね。陽気が悪いからな。気をつけなけなくちゃいけない」。

小間物屋は?おかみさんが臨月でございましてな。今朝から急に虫がかぶったとの。家内が産をするのに義太夫を伺っていたなんていうことがご実親類の者やなんかにわかると煩そうございますから・・・。

大家「だから病人ならしかたがない。そう言ってるんだよ」

豆腐屋はどうしたい。お得意に年会がございますので。生揚げとがんもどきのあつらえを八束五十ばかり請け負ったと。・・・・・そういうわけであるから旦那によろしく。

頭はどうしたい?成田の講中にごたごたがあってあすは一番で成田に発つとの。一番と言うと五時でございます・・・・。

大家「わかったわかった。長屋の者は誰が来るんだ」。

「へえ、どうもお気の毒さま。」

長屋の者のみならず自分の店の従業員もことごとく言い訳をして旦那の義太夫の会に来ようとしない。

やんぬるかな!

「まだ青い素人浄瑠璃黒がって、赤い顔して黄な声を出す」。「寝床」の枕に振られる蜀山人の狂歌だ。この通りのことは現代でも頻繁に起こる。

下手くそな上司のカラオケを聞かなくてはならないサラリーマン。同じ心境だろう。下手くそな学生バンドの演奏会に付き合いで行ったときとか。ピアノ教室の先生がおさらい会で弾いたはいいけれど、実はぼろぼろで止まる寸前。でも誰もつっこめない、とか。。。

名のある教師でも、実は下手くそな教師のリサイタルの切符を買わされるのには閉口する。いい教師、必ずしもいい演奏家ではないからね。

だがこの大家さん素人だ。よくそのことは自分でわかっている。だから、酒、料理、お茶にお菓子を整えて、それでもなんでも聞いて欲しいのだ。

俺は断言する。大家につき合わない店子、従業員!おまえらが悪い。お前らは芸術愛好者の気持ちをわかっていない!!演芸評論家の安藤鶴夫も素人義太夫語りだった。「寝床」について、同じ感想を書いている。

悲しきディレッタントの孤独が見事に表現された落語が「寝床」なのだ。面白いよ。

如才ない番頭が旦那の気持ちを取りなす場面がある。桂文楽(先代!)の真骨頂。大家の独白だけで番頭のとりなし言葉や場面が彷彿とする。素晴らしい一人芝居。すっかり機嫌が良くなっていく様子が目に見えるように演じられる。

隙なく密度の高いくすぐり(ギャグ)が詰まっている。ほんの少し書き起こそうとしてそのことに気付いた。歯切れのいいスピードある言葉に可笑しさが詰まっている。何度聞いても聞き飽きない可笑しさ。これこそ桂文楽だ。洗練されたギャグ、フレーズ。

番頭が苦し紛れに言う一言。「因果と丈夫」。このくらい可笑しい言葉はない。大家が怒り狂うのももっともだなのだ。「因果と丈夫とはなんだ。無病息災これくらい有り難いことはない。高い米を食って生意気なことを言うな!」

いまでも俺の中に刷り込まれている言葉。こっそり「因果と丈夫」、と心の内でつぶやく場面は多い。

桂文楽。聞くべし。日本人で桂文楽の落語を知らないのは不幸だ。恥だ。

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「美しい諍い女」芸術を巡るゆっくりとしたサスペンス。

テーマ:(あ行)(う゛)

女の裸は美しい。この映画のモデルの張りつめた乳房、美しい丸みのお尻、引き締まった背中、伸びやかな手足、毅然とした表情に見とれる。

最後まで見終わって満足した。

コロムビアミュージックエンタテインメント
美しき諍い女

かつて名声の高かった老画家が、きっかけを得て未完の作品に取り組む。かつてその絵のモデルであった女は現在の妻である。モデルになる若い女は作家志望。老大家の信奉者である若い画家の卵とつき合っている。金持ちの画家の友人に紹介され画家の家を訪れる。

映画は最初から予感に満ちサスペンスを孕んでいる。画家の夫妻と絵を買い取る友人とのぎくしゃくした関係。自分の信奉者である若い客の訪問をすっかり失念している画家。本当に向かい合わなくてはいけないものに向き合うことを恐れる心理状態が表現される。

初めて見た若い女をモデルに未完だった作品に取り組もうと決意する画家。それに応える女。映画のほとんどはモデルと画家の息詰まる応酬に費やされる。ありとあらゆるポーズに取り組みスケッチを重ね筆を執る。未完だった作品を無惨に塗りつぶす。傷つく妻。そして画家は行き詰まり断念しそうになる。

あまりの二人ののめり込み方に妻と恋人の若い画家の卵も猜疑心を持ち始める。絵を買い取りたい友人は酷薄にも完成を促しに来る。すべての登場人物が葛藤の中に置かれ、きりきりと身もだえる。画家もモデルも苦しむ。

絵は完成する。その絵は老画家の渾身の傑作だ。しかしこの絵は人前にさらされることはない。

結末まで一気に見終わって、最初から見直すと、画家の妻の言葉がすべて成就していることに気付く。きれいに伏線が張られていて映画の中で、すべておさまるところにおさまる。若いモデルの最後の言葉も気に入った。

素晴らしい作品だ。

芸術を巡るファンタジーである。芸術が人間にとってどのようなものであるか、まざまざと見せられる。絵画に興味がなくても美しい女の裸が大好きなすべての人に勧める。じっくり玩味して欲しい。

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「美しき諍い女」やっとDVD一枚目見終わった・・・。

テーマ:(あ行)(う゛)
何ごともなかったようにモデルは画家の前に苦しいポーズをとり、画家はモデルに向き合い、コンテでなぞり、筆で描き、刷毛で画布を湿らせる。

緊張。じっとしている疲れ。倦怠。

しばしまどろむモデル。

第一部終了。一分間の休憩。

懐かしい。長い映画には休憩が入るよね。

一番古い記憶は「ドリトル先生不思議な旅」。真ん中あたりに休憩があった。映画なのに入るのか、と驚いた。

そのほか「天井桟敷の人々」とか・・・あと何があったかな?「風と共に去りぬ」とか???

なにかをつかみかけて迷い、続きに取りかかることの出来ない画家。この作品は今の妻が若い頃モデルにして取り組んだテーマだ。その時は完成できずに破棄してしまった。それ以来、画家は創作を止めてしまったのだ。

画家の妻は新しいモデルが気になる。若い美しい女を弄んでいるのではないか?と画家に疑問をぶつける。見ている俺たちもちょっとそう思っているから、その質問は画家の胸を突く??・・・ようにも見えないけど。

芸術は意外に筋肉だ。作業として絵なら絵、楽器なら楽器を演奏する筋肉が訓練されていなくては、絵も演奏も出来ない。イメージやインスピレイションを具体化する柔軟で強靱な筋肉が必要だ。

画家役の俳優の手の動きは「プロ」っぽい。巧妙にカットが変わって、顔が映っているときには最小限の作業だけに見えるが、実際デッサンをする手の筆さばき、描線は本物だ(・・と思う。うてなはどう思う??)。

一枚目のDVDの終わりでは、すっかり行き詰まった画家が、仕事をやめようか悩む。モデルの女性はとことん書き上げて欲しい。モデルの意志が画家を動かすのか興味深いところだ。

じっくりゆっくりこの作品を玩味したい。

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村治佳織さん、復帰おめでとう!!

2006-01-18 21:07:58 

ギタリスト、村治佳織さんが手の故障を治し、1月14日の公演から復帰されたようです。

よかった!J-WAVEでも番組が始まったみたい。楽しみに聞くことにしよう。

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「美しき諍い女」を(なかなか最後まで)見られなくて

テーマ:(あ行)(う゛)
画家の仕事をじっと見るだけの映画。実に楽しい。

子供の頃、祖父の仕事場でじっと仕事を見ていたことをありありと思いだした。忘れていたというか、普段あまり意識いていないことだ。俺の祖父は職人だ。木屑にまみれて一心にものを作る。今はもうこの世にはいない。

俺の中にその職人の凝り性が受け継がれている。あの仕事場の臭い。刃物を研ぐ砥石と水の臭い。木の香り。

職人は自分の能力を落とさないために「練習」をする。練習とは言わないが、様々なものを絶えず作ってみる。やらないでいると技術が鈍るのだ。画家も同じ。

美大の友人がいて、ポーズをとるモデルのことや、お互いが絵のモデルになる話を聞く。絵を書く様々な事柄がこの映画の中でそのまま描かれていく。絵画のような映画だ。

裸のモデルでいることの苦しさ。同じ姿勢をじっと維持する辛さ。裸でいることの羞恥心。描く方も羞恥を感じる。はじめて裸のモデルを見たときには驚くという。そうだろう。俺は絵は素人だから裸のモデルを見たことがない。

モデルになる女性に感情移入してしまう。まわりに対しては、嫌々やっている素振りだが、自分の心は定まっていて、いそいそとモデルをするために画家の元に出かけていく。好奇心と・・・・・・なんだろう、ナルシズムかな?自分の存在や美しさに対する。

画家とモデルの葛藤がある。画家の若い頃の話やモデルとの関係が少ない会話を通して描かれる。

いやー面白い。でもまだまだ先は長い。じっくりゆっくり見ます。

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「美しき諍い女」を見られなくて・・・

この映画はすごい!!!!!

老画家が仕事に取りかかる場面でうなった。息詰まる画家の作業の描写。モデルが朝早く仕事場を訪れる。画家は仕事場を片付けながら、徐々に仕事に取りかかっていく。本物の画家がモデルに向かい描いている感じがする。がりがり、さっさっさとペンの音や、筆の水につける音しかしない。自分が見つめられてポーズをとっているかのような気迫を感じる。

この映画はそれだけの映画だと言ってもいい。(たぶん)

ずっと見ている。全然話が進まない。四時間あるからね。

ジェネオン エンタテインメント
美しき諍い女 無修正版

老画家が、意欲作「美しき諍い女」を一時は放擲したが、美しいモデルに出会い、創造意欲が湧いてきたあたりまで、昨夜やっと見た。

女性の裸があることで有名です。なにせ「無修正版」ですから。ようやく陰毛の見える場面まで来た。

俺がモデルになって見つめられている気がする。画家の家(これがすごい城みたいな家なんだ!)の門を叩くときのドキドキ!画家の作品を見ていく気持ち。画家の前に立つ緊張。

何枚かデッサン(?)を描いて、手を慣らす画家。

「すまないが、上にガウンがあるから」と言う画家。

キタ━━━━━(゜∀゜)━━━━━!!!!

ガウンの前をはだけ全裸をさらす気持ち。俺は完全に女のモデルに感情移入して画家の前に立っている。こんな映画ありませんね。

画家の気持ちも激しく解る。真剣に対象に立ち向かっていく。いいねえ。こんな映画、フランス人にしか撮れません。

ここまでの何も起こらない日常風景の描写に飽きて、あちこち感想を読んでみた。多くの人が、この映画のどこがいいかわからない、と言っている。陰毛の見える女の裸だけ目当てで見たけど、じいさんが絵を書いている場面が延々と続きくだけだった、というようなガキっぽい感想が多い。

画家のリアルな仕事の様子がとにかくすごい。俺は、この映画をじっくり見たくなった。まだまだ、初めの方なのでだんだん見ていくことにする。

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