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「アイ アム サム」(2)出ました、ダコタ・ファニング!

テーマ:(あ行)(う゛)

若い!ダコタ。なのにお母さんのような貫禄。賢い子だなあ!めちゃくちゃ可愛いし。サム、幸せだよな。「Green eggds and Ham」も一緒に読んでもらえるし。

「ザ・ビートルズ」へのオマージュが随所に見られますね。有名なアビーロードのカットもある。俺は「ザ・ビートルズ」世代ではないが、上の世代の熱狂ぶりと「ザ・ビートルズ・アイテム」はわかる。知っている曲も多いし。

小学校の父親参観が興味深い。あんな小さな子でもきっちりプレゼンテイションするんだね。教育がちがうなあ。

そろそろ父親サムはルーシーを教えられない。ルーシーが、寒が不通のお父さんと違うことを質問する。サムが「ごめんなさい」と謝る。ルーシーは「謝らなくていいの。一緒に遊べるから」って大人の答え方をする。声のトーンも低く、まったく大人の態度だ。

男の糞ガキが「君のお父さんはスローだね。君もそうなの?」と聞く。「違うわ」と悲しそうな目をするところなんかすごいなあ。天才だね、ダコタ・ファニング。この時いくつなんだろう?

ルーシーの教科書もまともに読めないサム。売春婦に引っかかって警察に呼ばれるところまででひとまず終わり。

赤ん坊から小学校一年まで育てる苦労は並大抵ではないと思うが、そのあたりはスルーですね。外出恐怖症のアーニーの一言一言は含蓄があっていい。アーニーに助けてもらってここまできたと・・・。

まあ、ダコタちゃんが出てこなければこの映画は成立しないわけで・・・・・。ここからが本編なのでしょう。育児期間は大変だったけど、楽しくここまで来ました、という映画の語るところを額面通り受け止めよう。

さて、直面する売春婦問題、どう切り抜けてどう物語を変化させるのか?

おそらく、誤解だということがわかりすぐ解放されるが、サムの知的能力が問題になるのだろう。お節介な方のアメリカが顔を出す。子供を大声で叱っただけで近所の人に通報されて警察が来る「有り難い」社会がアメリカだ。

サムとルーシーの幸福な毎日が、ルーシーの成長によって失われようとしている。皮肉なことだ。しかし子供とはそのようなものだ。いずれ、親からは離れなくてはならない。離れるべきだ。小学校一年では適切かどうかわからない。

サムのような場合、日本ではどうなんだろう?日本はサムの両親や兄弟が面倒見そう。でも日本ではサムのように「子供を抱える単身障碍者」というのが考えにくい。それだけ、障碍のある人は阻害されているのだろうか?別枠で丁寧に一般社会から隔絶しているのが日本の障碍者なのだろう。なんとも不自由な国だ。

俺の知人の重度身体障碍(脳性麻痺)の男が、「俺は世の中にとって迷惑だ。でも一番迷惑しているのはこの俺なんだよ」とジョークを言う。そいつは笑わせようとして言ってるから俺は笑うが、本心は笑えない。その通りだからだ。一番迷惑してるのは、自由に動けないそいつなんだよな。

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